FC2ブログ
topimage

2019-11

水川青弥編 「フラクタル」 9 - 2010.10.12 Tue

ミナ冬


9、
 センター試験が目前の明後日に迫った。
 リンはまだ帰ってこない。
 おれは東京の試験会場を選んでいるから、夕方には実家に帰る予定だ。
 補習授業が終わり、自習室へ向かおうとするおれにクラスの高橋が声を掛けてきた。
「いよいよ明後日だな」
「ああ」
「水川とは色々あったけど、おまえがいてくれたおかげで、俺も充実した高校生活が送れたよ。礼を言う」
「…別におまえに礼を言われるようなことはしてないけど」
「おまえの存在が、俺の自尊心を打ち砕いてくれたんだよ。この学校に来るまで、俺は勉強では誰にも負けたことはなかった。だけどここに来て、初めて自分以上勉強のできる奴に出会った。おまえに負けたくない一心で俺は俺なりに頑張ってきた。最後まで、おまえに勝てなかったけれど…悔いはないって思えるんだ。だからありがとうって言わせてくれ」
「…うん」
 差し出した高橋の右手を握った。固く握手を交す手を見つめる。
 そうだな…拘っていた下らないプライドさえ、きっと大切な意味があったかも知れないんだろうな。
「宿禰もT大受けるんだろ?おまえと同じ物理工学科?」」
「いや、あいつは建築学科だよ」
「俺と…同じじゃないか。最後まで俺の足を引っ張る気なのか…嫌味な奴だ」
「…」
 別にリンはおまえを相手にしてないと思うけど…と、心で思ったが口には出さなかった。
 口では嫌がる風を気取る高橋は、本気で嫌がっては居ない…どころかなにやら少し嬉しそうでもある。
「皆受かるといいな」と、らしくないことを言う。
「きっと…絶対合格するさ。おれたちはそれだけのことをやり遂げただろう?」
「ああ、俺もそう思う。まあ、水川には勉強も敵わなかったし、恋の相手にも太刀打ちできなかったがね」
「…恋愛は楽しいばっかりじゃないけどね」
「…そりゃそうだろう。相手は数学でも国語でもない。正しい解き方もない。だから、人は恋をするんだろうか。自分だけの答えを導くために…なんてね。まあ、俺は恋より、豊かな老後の為に生きる方が大事だがね」
「恋に狂うのは愚か者だろうから、高橋の生き方は正しいのかもしれないね」
「人間の愚かさは無限だって言うじゃないか。だったらそれを追求しても楽しいんじゃないか?…俺はおまえがうらやましいと、言ってるんだぜ。絶望なんかするなよ」
「ああ、そうだな」
 言うべき本音ではなかったが、つい口に出してしまった。
 どっちにしてもこの学院ではおれの事はいざ知らず、リンの話題が出ない日はない。
 ひと月以上も姿を見ないリンが、どこで何をしているのかを、おれに毎日尋ねる後輩だっているんだ。
 皆ゴシップ記事みたいにおれ達の行き先がどうなるのか、噂しているに決まっている。

 教室を出て、しばらく自習室で過ごした。
 その後、日課の温室の水遣りをする。
 さっきの高橋の言葉がきっかけで、押さえていた感情が膨らんでいくのがわかった。
 高橋の言うとおりだ。
 これは、この感情は愚かな恋なんかじゃない。
 たとえそうであっても俺自身、この想いを誇れるほどに愛おしいと思えるんだ。
 おれがリンを愛している。
 これこそが一番輝かしいものではないだろうか。

 リンに会いたいと思った。会えなければ、声だけでも聞きたいと…
 携帯電話は寮に置いてきた。今、ニューヨークは何時だろうか…
 12時間前だから…夜中だ。それでも許してくれるだろうか。
 
 水撒きを急いで終わらせ、ヨハネ寮に帰った。
 部屋に戻り、机から携帯を取り出す。液晶画面にリンの番号を確認して、ボタンを押した。
 心臓がバクバク鳴ってるのが可笑しい。顔が火照っているのも笑うしかなかった。
 …リン。どうか、電話を取ってくれ。

『ミナっ?』
「お、どろいた…取るの早い」
『ちょうど、ミナに電話しようとしてた。俺、今、温室にいるんだけど』
「え?リン、こっちに居るの?い、いつ、戻ってきたの?」
『あ、言ってなかったか…ごめん、昨日鎌倉に帰ってきてた。で、今日久しぶりに登校したの。ミナを探しに教室まで行ったんだよ。高橋は学校には来てたって言うから、あちこち探したけど見つかんなくて…ミナ、どこに居るの?』
「寮に戻ってたんだ。携帯を取りに帰ってた。リンに連絡したくて…」
『そうか…会いたいんだけど、会える?』
「う、ん。勿論、おれも会いたい」
『じゃあ、寮へ行くよ』
「いや、おれが行くから、温室で待っててくれ」
『いいけど…おまえ、また外に出なきゃならなくなるだろ?もうすぐ日も暮れるし、外もここも寒くなるよ』
「いいんだ。温室で会いたいんだ」
『わかった。待ってるから早くおいで』

 電話を切った後、大きく息を吐いた。
 こっちに帰って来てるなんで思いもよらなかった。
 学校に来てたのに、会えなかったなんて…よっぽど運が悪いや。
 ああ、すぐ行かなきゃ、早く会いたい。
 …落ち着けよ。馬鹿みたいにはしゃいで、肝心なものを忘れるな。
 しまっていたリンへの贈り物を机から取り出し、紙袋に入れた。
 焦る心を落ち着かせるように、深呼吸をひとつして、部屋から出た。
 温室まで、駆け足で急ぐ。
 早く行かなきゃリンが消えてしまうみたいで、焦ってしまう。
 空気の冷たさなんて感じない。
 背中を射す夕日を振り返る暇なんてない。
 リン、君を確かめなきゃおれは…

 温室のドアを開けた。
「リンっ!」と、叫ぶ。
 だが、返事はない。
「リン、どこだよ!」
 中を見渡してもリンの姿は見えない。
 間違いなく温室で待ってるって言ったのに…
「リン…」
 帰ってきたっていうのは嘘だったのか?それともあの電話の声は幻なのか?
 …そうだよ。だいたい学校に来ているなら、そういうニュースがおれの耳に聞こえてもいいはずだもの…
 あれはリンの嘘だったんだ…

 期待が大きかっただけに、ひどく落胆した。
 椅子に座り、窓の外を眺めた。
 ちょうど太陽が教会の屋根に隠れる寸前だった。
 ガラス窓に映った自分が見えた。
 情けない顔でこちらを見ている。
「まるで桜が散った受験生の顔だな」
 おれじゃない声がガラス窓から聞こえた。
 ガラスに映るおれの顔の後ろに、リンの姿がはっきりと見えた。
「…」
 おれは怖くて、後ろを振り返れなかった。
 だって、振り向いたら消えてしまうかもしれない。
「リ…ン?」
「うん。…ただいま、ミナ」
 おれの背中を抱き、その口唇がおれの頬に口づけるのが、ガラスに映る。
 おれは回されたリンの手を握り締めた。
  立ち上がり振り返り、両手でその身体を確かめる。
「リン…会いたかった…」
 それだけ言うのが精一杯だ。後は声にならなかった。
 
 リンの胸は温かく、おれの涙をぬぐう口唇は柔らかい。
 …愛おしい。愛おしい…離れないでくれ、離れないで…愛している。
 沸き起こる得体も知れないすさまじい感情。
 このおれに?
 孤独で恋に怯えていたおれに、こんな感情が存在するのか?
 あるとは思わなかった。思えなかった。
 リンはおれの感情をまさぐる唯一のものだ…
 未来永劫こんな恋を知るのは、おれには、リンしかいない。







凛一水川28


フラクタル 8へ /10へ
リンミナシリーズはこちらからどうぞ。目次へ


益々遅れて申し訳ない。次は凛編へ

● COMMENT ●


管理者にだけ表示を許可する

天使と堕天使 «  | BLOG TOP |  » 水川青弥編 「フラクタル」 8

プロフィール

サイアート

Author:サイアート
イラストと駄文を更新しております。

少年愛を中心としたシリアス重視なオリジナル作品でございます。

ゆっくりしていってね~

サイズを記憶するフォントサイズ変更ボタン

文字を大きくする 文字を規定のサイズに戻す 文字を小さくする

ツリーカテゴリー

Script by Lc-Factory
(詳細:Lc-Factory/雑記)

最新記事

FC2カウンター

リンク

このブログをリンクに追加する