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2019-09

水川青弥編 「フラクタル」 11 - 2010.10.18 Mon

凛一と青弥24


11、
 おれは黙ったまま、ジョウロを置いた。
 リンには近づけなかった。少なくとも楽しい話ではない。
 代わりにリンはおれの傍に近づいて、手を伸ばせば触れるほどの、真正面に立った。
「ミナに謝らなくちゃならない…俺は、合格してもT大には行かない」
「…」
 リンの顔を眺めた。どことなく憂えた端正な顔…少しだけ眉間が歪んでいるけれど、美しい。
「明日の卒業式が終わったら、アメリカに行く。…向こうの大学へ行こうと思ってる」
 その意味はわかっていた。
「そ…うか…リンは前から留学したいって言ってたもんな…おめでとう」
「ミナ…」
「だ、いじょうぶだよ。おれ、ま、ってるから…うん、四年ぐらいすぐだ。それに夏休みや冬休みは帰って来られるだろ?おれも、バイトしてリンに会いに行くから…大丈夫だ…」
 鼻の奥がツーンとなり、涙が出るのを必死で押さえていた。
「ミナ…ごめん。もう…ミナとは会えない…」
「…どうして?」
 聞かなくてもわかっていた…なのに、口は勝手に動くんだ。
 真実を暴き出したってなにも良い事なんかないのに…
「…慧一の傍にいたいから…」
 リンは目を逸らす事無くそう言い切った。少しでも弱みを見せてくれたら、俺だって哀れと思うのに。その姿は誇らしくさえある。
「じゃあ…なんで、今までおれと付き合っていた。ただの遊びか?暇つぶしに、世間知らずのガキを丸め込んで好きに惚れさせて…楽しんでいただけなのか?」
 そうじゃない…リンは誠実だった。そんなことはわかっていた。
 リンとおれは本物の恋をしていた…
 それだけは真実だ。
「結果的にミナと歩けないのだから…そう言われても仕方ない。ミナ…俺を憎んでくれていいよ」
「…ひどいね」
 バシッ!
 …リンの頬を叩いた音が驚くほど温室に響いた。
 おれの平手打ちなんか、避けようとしれば簡単にできたはずのリンは、正面からそれを受け止めた。
 リンの左頬が瞬く間に赤く腫れ上がった。
「…一度でいいの?ミナは幾らだって俺を殴る権利があるよ」
「これ以上叩いたら、こっちの手が持たない。一度だけだって、ひりひりしてる」
「…ゴメン」
「いや…いいんだ。どちみち長続きする恋じゃなかったんだ。リンとおれでは価値観も生まれ育った環境も違いすぎる。リンは慧一さんと暮すのが一番幸せだろうし、おれも…T大に行って勉強して…いい恋人でも探すよ」
「…」
「ねこ先輩が言ってた期限付きの恋っていうのは…本当だったんだな…」
「ミナ」
「本当の恋だと信じていたんだ…でも、しょうがない。だって恋はひとりでするものじゃないもの。それは片思いって言うんだろ?」
「…」
「いいよ。もう…いい。充分楽しんだから、もう、おれに関わらなくていい…」
「俺は…」
「しばらくひとりにしてくれないか、宿禰。水遣りが終わってないし、泣き顔でここを出て行くわけもいかないから…」
「…わかった」

 温室を出て行くリンの姿を振り返ることはしなかった。
 そんな力はどこにも残っていない。
 精一杯の強気でリンに別れを言えただけでも、自分を褒めてあげたい気分だ。
 さっき叩いた右の手の平を見た。
「あれがリンに最後に触れた温もりになってしまったのか?」
 溢れてくる涙を抑える必要はなかった。
 リン以外の奴が、この温室に来るはずはないのだから…


 夕暮れになり温室を出た。
 枯れるまで泣いても、心は浮かび上がる気配はない。
 校庭を突き抜けて校門に向かうおれに、担任の藤内先生が教室からおれの名を呼んだ。
 手招きして呼び寄せ、「おれが入れた最後のコーヒーを飲んでいけ」と、言う。
 黙って頷き、化学準備室へ入った。

 ゆっくりと昇る湯気を眺めた。
 先生は黙っておれにコーヒーを差し出した。
「立派な磁器のカップで頂くなんて初めてです」
「最後だからな」
 最後か…
 始まりがあれば終わりが来るのは当然だ。
 それに…なんとなくは…いやはっきりとわかっていたはずだった。
 リンがいつまでもおれのもので、おれの傍にいてくれるわけはないと…
 夢を見続けたいと願っていただけだ。
 
「水川は…」
「はい?」
「将来なんになりたいのか?…なんてことは聞く気はない。それより、ここで過ごした三年間は水川にとってどうだった?有意義な過去になりそうか?」
「…ええ…とても…」
 リンのことを思っただけで泣いてしまう。
「水川だけが辛いんじゃない」
「…わかってます」
「俺は君に言ったことがあるね。つまらん常識やプライドに捕らわれていると後で後悔するぞ…と」
「…」
「おまえをけしかけた一端の責任が俺にはある。それをおまえに謝るべきなのかな?」
「…いいえ、先生。あの時先生が背中を押してくださらなかったら、おれは…おれはリンと恋をする勇気は持てなかった…おれは、リンを愛したことを…一ミリだって後悔していない」
 先生は黙っておれの言葉を受け止めてくれた。
 教室を出るおれに、先生はひと言だけ言葉をくれた。
「…水川、卒業おめでとう。君の行く道に光溢れんことを、祈る」

 寮に帰り、部屋を片付けた。
 あらかたの荷物は実家に送り終わっている。残った教科書や参考書は後輩に譲った。
 明日の卒業式には母親も出席すると言う。
 成績優秀者に送られる県知事賞を贈呈される姿を見たいと言うのだ。
 こんな気持ちを悟られるわけはいかない。
 ただ冷静に式に望むことだけ心がけた。
 
 その夜はなかなか寝つけなかった。
 事の次第を察した三上は黙って、冷たいタオルを差し出した。涙で腫れた瞼に置いた。
 あんなに簡単に別れを告げられるとは思ってみなかった。
 「憎んでくれていいよ」と、言ったリンの本心がどこにあるのか…
 それを考えなきゃならない気がした。
 リンはおれを嫌いになったわけじゃない。
 慧一さんの傍にいたい…と、言ったんだ。
 リンは…悩んだんだろうか…
 「一緒に受験、頑張ろう」…あの言葉はおれへのやさしい嘘だったんだろう…そして試験が終わるまでずっとおれの傍にいてくれたんだ。
 リンはとっくに決めていたんだ。この日に別れを告げることを…
「リン…おまえを憎めたらもっと楽になれるのかい?でも無理だ。憎む気持ちなんて少しもおきやしない…」
 こんなに好きなのに…別れなきゃならないなんて…

 …夢を見た。いつもよりはっきりと、でもいつもは逃げていくリンなのに、今日の夢はおれを抱いて笑っている。
 「愛してる、ミナ、愛してる」と、繰り返すリンに「おれも、ずっと、一生、リンが好きだ」と、応える。
 リンは「俺もだ。ずっとずっと…ミナに恋している」
 そう言った。

 雨天の予報が見事に外れた朝だった。
 少しだけ温んだ西風が校庭の砂塵を巻き上げた。
 卒業式が無事終わり、夕方から寮で送別会があるからと、母親を先に返した。
 校庭のあちらこちらで別れを惜しむ生徒や後輩で埋め尽くされていた。
 教会の影に藤宮先生と…慧一さんの姿を見た。
 遠くからでも人目を惹く、美しい人だ。
 あの人とリンが血の繋がった兄弟で愛し合う仲であっても、軽蔑したり卑しんだりする気は起こらない。
 逆にあの人じゃなきゃ、リンを受け止める人はいないんじゃないだろうかとさえ思えてしまう。
 …あの人を憎めたら、少しは気が晴れるかもしれないけれど…
 憎むにはあまりにも、あの人を知らなすぎる。

 踵を返し、温室へ向かった。
 最後にあの空間と別れを惜しみたい。
 温室に着いたおれはポケットから指輪を取り出した。
 リンと一緒に買ったおそろいの銀の指輪だ。
 それを左の中指にはめた。
 別れたのに愛してると誓った指輪をつけるなんて未練たらしいけれど、今日からは高校の規則に縛られないでもいいんだから、好きなアクセサリーぐらいしてもいいだろう。
 
 最後の水遣りと草や花のひとつひとつに丁寧に水をやる。
 温室の草木の世話は、おれ達が卒業したら、藤内先生がしてくれると約束してくれたから大丈夫だろう。
 水遣りが終わり、今は盛りのシンビジュームのデッサンを始めた。
 花屋で去年の冬にリンと選んで買った花だ。世話は大変だったけど、今年も無事花を咲かせてくれた。
 
 しばらくしてデッサンをしていた手元が急に暗くなり、今まで晴れていた空が曇天に変わった。
 すぐに夕立ような雨が勢いよくガラス窓を打ちつけ始めた。
 おれは急いであちこちの窓を閉める。
 遠くで雷鳴が響いた。
「春雷か…春を促す兆しだな」
 おれは中断していたデッサンを続けた。
 
 朝から、リンを姿を見れずにはいられなくて、ずっと追いかけていた。
 リンはおれを見ようとはせず、周りの友人や後輩に囲まれて別れを惜しんでいた。
 …おれのことなんか、もうきれいさっぱり片付けてしまったんだろうなあ。
 いい思い出にするには、しばらく時間がかかりそうだ。
「リンのばか…」
 呟いても誰も返事はしない。

 執念深くいつまでもリンを思い続けてやるのも慰めになるかな。
 いつか同窓会で会ったら、恨み辛みを嫌味ったらしくと言ってやるんだ。
 そしてリンを一杯困らせてやるんだ…
 だけど、リンはきっと…きっとそんな戯言をさらっと流して、「ミナは、かわいいね」って、きっと…

 不意にバタンと、温室の扉が開いた。
 髪も制服も雨に濡れたリンがゆっくり、入ってくる。

「ちょっと雨宿りさせてくれよ」
 それは、リンがおれに言った最初の言葉だった。
 おれの心臓があの頃と同じように早くなる。
 あの頃とは全く違うおれ達なのに…



onnsitu


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リンミナシリーズはこちらからどうぞ。目次へ


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