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2019-09

宿禰凛一編 「HAPPY」 25 - 2010.10.25 Mon

rin

25、
 一瞬鼓膜が破れたかと思うほど、何も聞こえなくなった。
 温室の残響のように、自分の頭に響いた。
 ミナの平手打ちは本気のものだった。
 打った本人も、驚いた目でその手を何度も摩っている。
「…一度でいいの?ミナは幾らだって俺を殴る権利があるよ」
 俺の言葉に、ミナは今にも泣き出しそうな顔で俺を見つめた。

 ミナに別れを告げなきゃいけないのに、言えないままとうとう卒業式を明日に控えた。
 別にミナを嫌いになったわけでも、ミナが俺と別れたいわけでもない。今だって、めちゃくちゃ好きなのに、どうしても別れをはっきりと告げてしまわなきゃならないものなのか…
 いっそのこと、ミナを騙したまま離れた方が、ミナの泣く顔を見なくて済むんじゃないかと寸前まで悩んだが、それではミナが可哀相すぎる。
 大罪には違いないのだから、俺への処罰は身をもって受け止めなきゃならない。
 憎しみを、罰に代えて裁くのなら、ミナは気が晴れるかもしれない。

 温室で俺はミナに別れを告げた。
 「別れるのは嫌だ」と、泣きつかれるのか、「おれよりも慧一さんを選ぶんだね」と居直られたりするのか…不安で仕方なかった。なんにせよ、俺はミナの怒りを受け止めなきゃならない。
 しかし、ミナは精一杯のプライドで、俺に立ち向かった。
 別れの未練など一切見せずに俺の身勝手な決別を受け入れ、俺の枷を解き放った。
 形だけであっても、それはミナの勇気がくれたものだ。
 ミナは俺よりも何倍も強い。ひとりでそれを耐える気でいるのだから。

 ミナから温室を出てくれと言われ、逃げるように外へ出た。
 すぐに三上に連絡をつけ、教室で会うことにした。
 俺はミナと別れたことを話し、今日一日は同室である三上にミナを見守ってくれるよう頼んだ。
 三上には少し前に卒業したら留学する旨を話していた。
 三上は「水川はどうするんだ?」と、心配したが、「別れるしかない」と、言うと、自分のことのように泣いてくれた。
「どうしようもないのか?」
「…ああ、三上に応援してもらったけれど…仕方ないんだよ。ごめんな」
「水川が、かわいそうだ」
「…」
 返事は出来なかった。

「ただいま」
 重い足取りでマンションに帰った。
「凛、お帰り。今、嶌谷さんから連絡があって…その顔どうした?」 
 リビングで仕事をしている慧一をやりすごして自室に篭ろうとしたら、それより早く俺の顔を見た慧一に気づかれてしまった。
「…ミナに叩かれた」
「そうか…」
「きっぱり別れたからさ…これでミナも…俺なんかよりずっといい奴と巡りあえて…幸せになってくれると思うよ…」
「…」
 今更隠す気も起きない。
 正直、内側の傷は自分で思うよりも相当に深そうだ。
 自室のベッドに寝転んでいても、泣いているミナの顔が、チラついて仕方がない。
 心配した慧一が冷たいタオルを用意してくれ、それを頬に当てた。
「凛、大丈夫か?」
「ああ、こんなの、ミナの傷に比べたら大したことない」
「自分を責めているのか?」
「恋愛にどっちが悪いもないだろうけれど…こればっかりは自分を責めずにはいられない。時が経てば薄らぐもんだろうけれど…」
「凛、おせっかいかもしれないけれど、少し話をしてもいいかい?」
「何?」
 俺は上半身を起こして、ベッドの端に座る慧一の顔を見た。
 
「水川君と別れることになった原因は俺にもある」
「慧に責任はないよ。俺が決めたことだ」
「わかっているよ。俺だって今更凛を誰かに譲るなんて出来やしないからね。でも…凛、おまえはちゃんと伝えたのかい?」
「何を?」
「今も変わらず水川君の事を愛してると…自分が選ばなかった本当の真実を話さなきゃ、おまえは水川君に嘘をつき続けることになるよ」
「…だって…本当の事を言えば、ミナを愛し続けるって言ったら、ミナはそれを背負い込まなきゃならなくなる。俺の愛に捕らわれて、これから会う誰かを見過ごしてしまうかもしれない」
「それは凛への想いがその誰かよりも強い証拠となるね」
「…」
「誰かを好きでいられることは心に拠り所が培うんだ。その人が自分を好きでいてくれたらより以上に。…離れていたとしても、支えになる。俺がそうだったからね」
「慧…」
「もし俺が水川君だとしたら、別れなくちゃならなくてもいいから、凛に愛していると言って欲しいと思うよ。だって、それが凛の本当の気持ちなんだろ?」
「…それじゃ…慧が傷ついてしまうじゃないか。俺がミナをずっと想っていてもいいの?」
「好きの気持ちをどう抑えられる?恋愛に道理は通じないよ。ただ感情だけが、自らを突き動かすんだよ、凛。…俺は充分に凛を愛してきた。これからもずっと愛している。その愛は凛を支えるだろう。だけど、これは恋ではない。凛は水川君と唯一の恋をしていると言っただろ?思い出にしないと言っただろ?ねえ、それは素晴らしい恋心じゃないのか?」
「許してくれるの?」
「生まれてからずっとおまえの自由と気高さを愛してきた。そして、俺は幾らだって許してやれる。愛故に…」
「…悩む事を恐れるな…」
「そうだよ、凛。俺はいつだって凛の帰る家だって言ったろ?」
「うん…」
 慧の胸にしがみついて、泣きたいだけ泣いた。
 涙の意味は無数にあるけれど、どれもこれも愛おしくて説明できやしない。

 その夜は眠りに就くまで、ミナから貰ったオルゴールを繰り返し聞いていた。
 これからこの「愛の夢」を聴く度に、ミナが打った頬の痛みと怒りと悲しみの混じったミナの顔を思い出すことになるのだろう。悲しくて辛いけれど、どこか甘くてたまらなく感じるのは…恋の痛みだからだろうか。
 
 聖ヨハネ学院高校を卒業する日が来た。
 当日は朝一番に卒業のミサがあるが、そちらは生徒だけの式で、保護者やゲストを迎えての公式の行事は体育館で行うことになる。
 卒業生ひとりひとり、ステージに上がり、校長先生から卒業証書を頂く型にはまったものに過ぎないが、名前を呼ばれ、大勢の仲間や先生に見守られ、証書を手渡される瞬間、何ともいえない感慨が満ちて、胸が熱くなった。
 ここで過ごした三年間は、唯一の輝ける青春だったに違いないって思えるから、きっといつまでも心に残る思い出だって思えるから、すべての人に感謝をしたい気持ちで一杯だった。
 ミナは県下でもスバ抜けて優秀な成績を残した者に与えられる県知事賞を受け取り、同時に絵画部門でのいくつもの芸術展入賞も讃えられた。
 ミナはいつか気づくだろう。自分が歩くべき道が何なのか…
 急がなくてもいい。ちゃんと探し出せるはずだから。

 式が終わり、各自、お世話になった方々へのお礼や、後輩からの送別で校内のあちこちが騒がしい。
 俺は慧一と一緒に藤宮紫乃へ挨拶へ行く。
「先生、三年間お世話になりました~」
 大仰に頭を下げる俺を、紫乃は冷めた目で見つめた。
「世話してやったことを一生わすれるなよ、凛一。将来大成したら、機会があるごとに俺を褒めることだな」
「そうだね~なんせ兄弟揃ってあんたには足を向けて寝られないからね」
「紫乃、本当に凛一に良くしてくれて礼を言うよ。ありがとう。これからは俺が紫乃の力になる番だ。俺に出来る事があるなら何でも言ってくれ」
「…じゃあ、俺と縒りを戻すか?」
「それは無理だ」
「即答か?じゃあ諦めるしかないだろうな」
 明るい紫乃の声に、俺も慧一も安堵したのは確かだった。
「紫乃、今晩、嶌谷さんの店で俺の卒業祝いと送別会をやるんだけど、紫乃も来ないか?」
「あ…嬉しいが、俺は明日も仕事なんでね。進学先が決まってない生徒もいるし…暫くは先生業に勤しむさ」
「ね、慧。紫乃は立派な先生だろ?」
「そうだな。大学の頃とは…大違いだ」
「人は成長する生き物だ。その過程がどんなものであろうとも、成長なくしての一歩はない」
「心に刻みます。じゃあ、俺、部活の送別会があるから、慧は紫乃とごゆっくりと!」
 ふたりを残して、俺は走り去った。少し離れて振り返る。
 慧と紫乃が仲良く話す姿に、なんだかほっとしてしまうのは、俺の所為で別れてしまった事への許しを感じてしまうからだろう。

 「詩人の会」の教室では、後輩たちが賑やかに送別会を催してくれた。
 そのお礼にと、卒業生達はひとりひとり詩を語ることになった。
 俺はレノン・マッカートニーの「Blackbird」の歌詞を読んだ。
 
 夜のしじまに歌う黒鶫よ
 傷ついた翼を広げて飛ぶことを覚えるがいい
 生まれてこのかた
 おまえは大空に舞う瞬間をひたすら待ちつづけてきた

 黒鶫よ 飛べ
 黒鶫よ 飛べ
 暗黒の闇にさしこむ光に向かって…

 学院という静謐な夜から、眩しさで何も見えない世の中に放り出される俺たちは、本当の自由の恐ろしさをこれから味わうだろう。
 青春時代の卒業と、未来を夢見る知識の蓄積は、新しい道を見極める一歩となろう。それを生きる喜びに変える情熱を呼び起こす為に…
 俺たちはがむしゃらに飛ばなくちゃならないんだ。








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