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2019-12

水川青弥編 「フラクタル」 12 - 2010.10.27 Wed

onnsitu


12、
 濡れた髪からいくつかの雫が落ちていた。
 あの時と違い、この季節では寒かろう。
 じっと立ち止まっておれを見つめるリンに、おれはカバンからハンドタオルを出して、彼に渡した。
 皮肉な事だが、ハンドタオルもあの時のものだった。
 この一連の偶然をリンが覚えているのかは定かではないけれど、受け取ったリンはにっこり笑い「ありがとう」と、言う。
 昨日叩いた頬は腫れてなかったから、少し安堵した。下に目を移すと…なんか変だ。
「釦…」
「あ、ああ、回りの奴等にひとつ残らず取られてしまったよ。なんでブレザーの釦に拘るのか、俺にはさっぱりだ。なにか適当な事例があったら教えてくれ」
「みんな…リンの着てたブレザーの釦が欲しいんだよ。ただの釦じゃない。リンが三年間腕を通したっていう記憶があるんだ」
 貰った奴らが少し羨ましく思えて、ムキになってしまう自分が恥ずかしかった。おれだってリンのものだったらなんでも欲しいもの。
「ふ~ん、そんなもんかな~」
 リンは頭を傾げ、おれのハンドタオルでがしがしと髪の毛を拭いている。

「ミナ、また描いてたの?ああ、綺麗なシンビジュームだね。良く描けてる」
 机に置いたスケッチブックを手に取ったリンは何枚かめくり、眺め始めた。
 草木の絵も多いが、それと同じほど、リンのデッサンをしたためてあるから、あまり見られると恥ずかしいくてたまらない。
「残念だな」
「何が?」
「俺のデッサンはこんなにあるのに、ミナの描いた油絵を見れなかった」
「あ…途中までは出来てたんだけど…」
 油絵で描いたリンの肖像画を卒業するまでに仕上げて、リンに渡そうと思っていたけれど、受験勉強に打ち込みすぎて、ほったらかしにしてしまっていた。美術室の倉庫に保管したままだ。
「ごめん。卒業の記念にリンにあげようと思っていたのに…間に合わなかった」
「いや、いいよ。今更、俺を描いても、あまりいい気分はしないだろうから…」
「そんなことはない!」
 思わず本気で出た言葉におれ自身も慌ててしまう。なんだろう…ドキドキしてる。
「…リンと別れたからって、リンを描きたくないなんて…思わないよ。だって…」
 別れたからってリンを嫌いになったわけじゃない。
 おれはリンを見つめた。
 昨日とは違う優しく、慈しみのある眼差しでおれを見つめるリンがいた。

「リン…昨日は…悪かった。叩いたりして。良く考えたら、人の人生を自分の好きにしていい権利なんかない。リンがおれから離れても、俺が怒ることもなかった」
「そうかな。俺はミナが真剣に怒ってくれて少し嬉しかった。ただ…かっこつけすぎてた」
「え?」
「ミナに嫌われようとしてた。憎まれてもいいから、ミナを自由にさせたいって思っていた。それこそ勝手な思い込みって奴だね。それに…あれは本心じゃない」
「…」
 リンは左手をゆっくり上げて、俺に見せた。
 中指におれとお揃いの指輪…
「ミナが好きだよ。この恋は本物だ。これからもずっと続く想いだ」
「…」
「指輪、付けてくれたんだね…ありがとう」
「ち、ちがう。別に深い意味は…」
 慌てて隠した左手が恥ずかしかった。今ここで強がるフリなんて意味はないのに…

「ミナ…もう俺を嫌いになった?」
「…昨日別れて、すぐに嫌いになれるわけないだろう。おまえを好きになる時間をどれほど費やしたと思ってる。…簡単に嫌いになるぐらいなら…初めからおまえを好きになったりしない。おまえを…引き止められなかった自分が悔しいだけだ」
「ミナへの想いが慧に比べて劣っているわけじゃないよ。ただ慧一は特別なんだ」
「…」
「慧一は俺が生まれた時から、俺を愛していた。その愛は偉大で複雑だ。親愛や情愛…俺を欲しいと思う愛情…俺はそういう慧一に大切に育てられた。慧一が居なかったら今の俺はない。これまで何も知らなかった俺が慧一の本当の想いに触れてしまった。それを知った俺は慧一を守りたいと思った。慧一の生きる糧は俺だ。そして…俺も慧一が幸せじゃないと、嫌なんだ。外から見たら気持ち悪いと思うかもしれない。だけど、俺は慧一の傍にいてあげたい。それが慧一の望みなら、それを叶えてやりたいんだ」
「そんなに?」
「慧一だって同じだ。俺の幸せだけを考えてくれている。だから、ミナを選んでも、俺が幸せならそれを許すだろう。慧一はそういう奴だ。だから…ゴメン、ミナ。おまえと一緒に歩けない。…けれど、ミナを想う心は自由だ。ミナが好きでたまらないから、離れていたって、ミナに恋し続けるだろう。それを、許してくれる?」
「離れたら…なにひとつ共有することはできない。その恋心は永遠じゃないよ」
「感情は寄せては返す波と一緒だよ。一秒だって同じ流れじゃない。でも寄せる波の中にいつだって…ミナへの恋心が潜んでいる。そう思えば長続きするかもな」
「…最後までリンに言いくるめられてしまいそうだ。信じたくなるじゃないか」
「無理強いはしてないよ。ミナの想いは自由だ」
「おれの方が…リンよりずっと強いことを証明したくなる。絶対に…好きな想いはリンには負けないよ」
「ありがとう、ミナ」
「礼を言うな。全部、全部おまえの所為なんだから…おまえに出会ってなかったら平和な学校生活だった。おまえを好きにならなかったら何も悩まずに済んだ。おまえを愛さなかったら…おれは、こんなにおれ自身を愛せなかった…」
「…」
「リン…おまえがおれに愛をくれた。おれの中に愛を植えた。育った花は見たこともないくらいに美しかった。その実を味わうのはおまえとおれじゃなきゃならない…そうだろ?」
 眼鏡の向こうに、泣いているリンがぼやけて見えた。
「ミナ…これからも…おまえに恋しているから」

 お互いの左手を絡めた。涙は流れるが悲しくはない。
 一杯になった愛の魂が溢れて涙になっているだけだ。
 抱き合ってキスをした。
 最後じゃない。
 ずっとこれからだって…ね、おれが欲しがればいつだって、
 またくれるだろ?リン…

 おれの方が、ずっと…おまえに恋しているよ。




最後


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