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2019-11

水川青弥編 「フラクタル」 14 - 2010.11.06 Sat

凛肖像画-11

14、
 聖ヨハネ学院高校の校門で単車を止めた。
 期末試験の最中なのか、正午を過ぎたばかりなのに、下校する生徒で一杯だった。
 夏服の半袖シャツに淡い臙脂のトラウザーズ。学年毎に色の違うリボンタイ。
 おれ達が結んでいた赤いリボンタイは今年の一年生に巡っている。
 三年前はあんな幼い顔をしていたんだろうなあ…懐かしく眺めつつ、彼らの傍を通り抜け、美術室へ向かった。
 準備室を訪ねたら、美術部顧問の町田先生がいた。
「先生、こんにちは」
「おや?水川か~ひさしぶりだな。大学生活はどうだ?」
「ふつーです。それより、先生にお願いがあるんですが…」
 おれは、美術部の倉庫に保管している油絵を仕上げたいから持ち帰ってもいいかと尋ねた。町田先生は快く承諾してくれた。
「水川の自宅にはアトリエがあるのか?」
「いいえ」
「じゃあ、油絵を描くのは結構大変だぞ。おまえさえ良かったら、ここで描いていけばいいさ」
「え?いいんですか?おれ、ヨハネの生徒じゃないのに」
「最優秀賞に輝いた卒業生に文句を言う奴はおらんよ。何なら校長に許可を貰ってやるよ。画材の余り物も沢山あるし、心残りなく描くといいよ」
「ありがとうございます」
 その日からおれは大学へは行かず、毎朝鎌倉を目指してバイクを走らせるのが日課となった。

「水川、進み具合はどうだ?」
「…思いどおりに描けなくて…余り進みません」
「そうか…よく描けてると思うがね。無駄にモデルがいい男過ぎると大変だな」
 誰が見てもリンだとわかる肖像画だった。おれも変に誤魔化す気はない。
「目の表情や口元が宿禰のイメージじゃないんです。もっと複雑で…意味がなきゃリンじゃない」
「俺も芸術家の端くれとして、水川ぐらいの気概をもってカンバスにと向き合いたいもんだよ」
「…宿禰…リンに約束したんです。出来上がったらあげるって。でもこれじゃ、いつまでかかるかわからないな…」
「モナリザだな」
「え?」
「ダヴィンチが一生手元から離さなかった肖像画。何度も何度も納得がいくまで描き直して、それでも本当に仕上げられたのか本当のところはわからない。誰の為でもない。自分の為だけに描く絵画は、人の評価なんてどうでもいい。ただ自分を支えるものになるんだろうね」
「…そうかもしれません」
「まあ、その絵は一時筆を休めて、他の絵を描いてみたらどうだ?思い通りに描くってことは自分のスキルをあげてこそなんじゃないのか?」
「そう、ですね」
「カンバスから作り上げてみたらどうだ?下塗りの工程だけでも、発色は随分違うものになるぞ。手探りで自分の絵を導いていくことも大切な過程だよ、水川」
「やってみたいです。先生、教えてくれますか?」
「勿論だ。でも本業は大丈夫なのか?」
「…ああ…まあ、なんとかなります」

 本業…大学生としての義務は全く果たしていない。と、言うより、前期の試験も近いのにノートすらコピーしていない。これ以上大学へ行き続ける気はないのに、やめる勇気が持てないというか…どうやって親を説得していいのかおれにはわからない。
 誰かの助言が欲しいと思い、桐生千尋に連絡を取った。先輩はすぐに時間を取ってくれた。
「水川、元気にしてた?会えて嬉しいよ」
 T大近くのカフェテラスで待ち合わせしたのはいいが、何故か桐生さんの恋人の美間坂真広まで一緒だった。
 ふたりは聖ヨハネ学院の二年先輩で、寮生活でも色々お世話になった恩人だ。桐生さんはK大の法学部、美間坂さんはおれと同じT大の医学部だ。
「水川、おまえ、大学にはほとんど来ていないって聞いたけれど、本当か?」
「すいません。本当です」
「苦労して入った大学だろう。幾ら国立が安いとは言え、親から授業料払ってもらっているんだ。一年のうちに単位を取っておけよ。まさか変な遊びでもやっているんじゃないだろうな」
「真広、水川がそんな奴じゃないことは知っているだろう?それになにか相談があるから、俺たちを呼んだんだよ、なあ」
 相変わらずの温和な表情で笑みを浮かべられると、こちらまで癒されてしまう。
「はい、今日は桐生さん達に相談があって…おれ、どうしたらいいのか、わからないんです。おれのやりたいことはこの大学にはない。リンと一緒に入って大学生活を楽しめたのならこんな風には考えなかった。でも…」
「宿禰がいなきゃ、意味がない」
「全く宿禰も無責任というか…水川を捨てて自分ひとり好きな道を選んだんだからな。呪い殺してやりゃいい」
「真広、口が過ぎるよ。宿禰だってきっと悩んだんだよ。あれだけ水川の事を本気で想っていたんだもの」
「どうだか…今頃ニューヨークで金髪美人と遊んでいるかもしれん」
「リンはそんな奴じゃない。おれはリンがどんな思いで自分の道を選んだのか知っているもの。リンはもう自分の未来を見つけているんです。おれも、自分を誤魔化さないで歩いていきたい。両親の期待を裏切ってしまうし、悲しませてしまうけれど、おれはもう、見つけてしまったんだ」
「…」
「おれは絵を描きたい。納得する絵を描く為に沢山勉強したい。だから…今の大学は辞めます」
「やめてどうする?」
「美大を目指します」
「食える画家なんて一握りしかいないぞ」
「食える食えないじゃない。自分がやりたいことを押さえられないんです。描くこと以外に、今のおれは生きてる意味を感じられない…」
「いいんじゃないか。俺は応援するよ、水川。二十歳もならないのに自分の道を見つけるなんて羨ましい限りさ。俺なんか就職先はどこでもいいって思っているぐらいなんだぜ?」
「千尋は弁護士になれって言ってるだろ?俺が医療ミスしたら、弁護して無罪にしろ」
「弁護士なんてならないって言っているだろ?この世の中で人と人との争いほど醜悪なもんはない。俺みたいな繊細な人間が働く場所じゃないよ」
「自分で繊細と言う人間ほど充てにならないものはない。千尋は繊細と言うより敏感って言う…てっ!叩くな!」
「変なとこを触るからだろ!水川がいるんだぞ」
「あ、そうだった」
「…おれ、お邪魔ですね」
「ごめんね、水川。せっかくの相談だったのに…」
「相談もクソもあるかよ。もうとっくに水川は決めているじゃないか。俺たちは水川の決意を聞かされただけだ」
「…すみません」
 その通りだと小さくなって謝った。
「だが、決意を口にしたが最後、それは目標となり、勇気にもなる。水川、頑張れよ。迷ったらいつでも来い。宿禰にはなれないが、可愛がってやるぞ」
「宿禰と比べたら水川が嫌がるよ。…水川、俺も真広も心から君の役に立ちたいって思っている。もし親御さんが反対して家に居られなくなったら、うちにおいで」
「おい!俺達の愛の巣に他人を入り込ませるつもりか!それとも…千尋、おまえは3Pが望みなのか?」
「…いいね、水川。こいつのことはほっといていいから、何かあったら連絡してくれ」
「は…い」
 無視された美間坂さんが怒っているのにも関わらず、桐生さんは適当にあしらっている。そんな二人を見ていると羨ましくてたまらない。
 家を出ることになっても桐生さん達にはお世話になるまいと心に固く決めた。
 
 その夜、おれは両親に自分の決意を打ち明けた。
 T大を退学すること、美大を目指すこと。学費は出来るだけ奨学金を貰うようにして、親に負担をかけないこと。
 父親は今まで見たことないくらいに激怒した。胸倉を掴み、怒鳴りつけられた。殴られはしなかったが…。元々暴力には縁がない家庭だ。さすがに躊躇したのだろう。
 どうしても曲げないおれに、父親は最後は涙を見せた。さすがに心が痛みはしたが、それよりもT大に固執する意味がおれには全くわからない。
「父さんはおれにどんな未来を見ているの?T大に行ったからって、将来の保障があるっていうの?ねえ、おれはおれの人生を生きてみたいって思っていけないの?おれは生きがいを見つけたんだ。裕福な生活はできないだろう。幸せな家庭も持てないかもしれない。それでも…おれはきっと納得した人生を生きていけると思う。父さん達の夢を壊して悪いと思っている。ここまで育ててくれた恩を思えば、仇で返したと憎むかもしれない。それでも…息子が自分の道を見つけたと思って、諦めてくれませんか?…たぶん、これ以上の我儘を言う事はないと思うから」
 おれの言葉に父親は「勝手にしろっ!」と、放ち、席を立った。玄関のドアの音が激しく鳴った。

 二階の自室にこもり、不貞寝をしているところに母親が入ってくる。
「青弥も言うようになったわね」
「…ちょっと言い過ぎた。反省しているよ。…父さんは?」
「自棄酒なんじゃないの?期待してた息子が自分の思い通りにならなくて」
「期待に沿えなくて、本当に悪いと思っているよ」
「お母さんは気にしてないわよ。お父さんだって、ちゃんとわかっているのよ。意地っ張りなだけ。親子揃って似ているわね」
「…」
「それより、これ」
「なに?」
 机の上にいくつかの通帳が出された。
「あなた名義の貯金通帳よ。二百万はあるわ。青弥が生まれてからずっと毎月積み立てて、後は入学や卒業のお祝いやお年玉なんかを貯金してた分。これは青弥のお金だから好きに使いなさい」
「え?」
「お母さんは良く知らないけど、美術大学ってお金がかかるんでしょ?絵の具やらなんやら…これじゃ足らないかもしれないけど…あとはバイトして。それでも足りなかったらお母さんのヘソクリも足してあげるからね」
「母さん…」
「青弥の選んだ道だもん。親として応援してあげたいじゃない」
「…なんて言っていいか…我儘言ってごめんなさい、お母さん。おれ、頑張るよ。絶対に悔いのない生き方をする。だから心配しないでね」
「いつまでたっても心配するのが親の義務みたいなもんよ。あなたが幸せならお父さんもお母さんも幸せよ。頑張りなさい、青弥」
「…ありがとう」
 溢れる涙を精一杯堪えて、その通帳を受け取った。
 
 何もわかってくれない、おれの本当の気持ちなんかわかるはずもないと決め付け、頑なに見ようとしなかったのはおれの方だった。
 お父さん、お母さん、今まで育ててくれてありがとう。
 その恩に報いる為にも、おれは自分の道を歩いて行きます。





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