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2019-09

水川青弥編 「フラクタル」 16 - 2010.11.09 Tue

yuki2

16、
 念願であった美大でのキャンパスライフが始まった。
 大学の授業も講義はあるが、大体は各自の制作に時間を費やすことになる。
 芸術家を目指す人たちはとにかく個性の塊みたいな連中ばっかりで、おれみたいな平凡な奴は終始圧倒される。
「おまえ本当に…ここの学生?」と疑心する奴もいる。
 それでもみんな自分の事以外はあまり関心を持たないし、なにしろ全員が芸術家を目指しているから、変な統一感があり、おれも居心地がいい。

 「美桜堂」の手伝いも大変だけど、すぐに覚えた。
 額縁を絵に合わせて縁から作っていく過程も楽しかった。 
 一見ぶっきらぼうな季史(きし)さんは、大らかで非常にフラットな人だ。
 リンに良く似ている声も、慣れてしまえばあまり気にならなくなった。似てはいても言い回しもアクセントも違うし、なにより、リンみたいなこっちが恥ずかしくなる事は言わない。…当たり前だ。
 仕事の教え方も簡潔で、わかりやすい。ミスしても怒鳴らないで、そこに至る失敗の原因を探って教えてくれる。
 最初は三十過ぎだと思ったら、まだ二十六だそうで、それには少し驚いた。
「そんなに老けて見えるか?」と、落ち込む季史さんに
「こんなに立派なお店のご主人だから…そんなに若いなんて思わなかった」
 季史さんのご両親は二年前までここで季史さんと一緒に商売をしていたが、ここを季史さんに任せて、ふたりは九州に新しく画廊を設けたそうだ。
「阿蘇の南の方に小さなペンションを建てて、楽しくやってるそうだ。星が綺麗よ~ってメールが来る。こんな大変な店を息子一人に任せていい気なもんだぜ」
「季史さんひとりでもやれるって思ったから、出られたんでしょ?見込まれてるんじゃない」
「老後の生活を楽しみたいだけだって。老後って言ってもまだ50代だけどな」

 毎日が充実した生活を送っていた。
 とりわけ季史さんのサポートはありがたかった。
 おれは絵を描きだすと夢中になってアトリエに篭ってしまう。
 食事を忘れるのは当たり前で、決められたバイトの時間さえもよく遅刻してしまう。
 あわてて、店に向かうと、季史さんはおれを責めたりしないで、「よお、現実に帰ってきたか?」と、笑う。
 料理も苦手なおれは、結局、手際のいい季史さんの手料理のまかないで毎日、美味い食事にありつけている。
「すいません。いつも季史さんにばっかり用意してもらって…」
「せっかくの独り暮らしだからね、美味いもんを食いたいだろ。覚えるしかねえよ。それに…青弥は本当に料理が下手だしなあ」
「…ごめんなさい」
 一度、朝食に目玉焼きを作ろうとして、焦がしてしまったことがあってから、季史さんはおれに料理を任せなくなった。リンと一緒の時も確かに、あまり火を使わせてもらえなかったから、おれに料理は向いていないのかもしれない。

 年の瀬も近づいていた。
 牡蠣鍋をつつきながら、季史さんと酒を酌み交わす。
 意外と言うか、おれは酒には強いらしく、あまり酔いが回らない。
「顔に似合わないというか…このとんだうわばみめ~」
「そういう季史さんこそ、本当に酒豪なんですね。ウイスキーのボトルがもう半分になってる」
「酒なんてたまに飲むから旨いんだよ。毎日だったら飽きらぁ。それより、青弥は正月はどうする?実家へ帰るのか?」
「はい、お正月ぐらいは家族と過ごさなきゃね。親不孝も過ぎると恨まれるもの」
「そうだな。親が元気なうちに甘えておけよ。そのうち、俺みたいに捨てられるからな」
 そう言っても時間が経てばどちらにも酔いが回って、ふたりとも無駄に饒舌になってくる。

「季史さんは…誰かいい人はいないの?」
「俺か?う~んと、二年前ぐらいに別れた。ここに住んでいた絵描きだったんだが、好きな絵を描きたいってフランスに行っちまった…」
「そう、ですか」
「それで、向こうで有名な芸術展で入選してな。立派な芸術家の仲間入りだ」
 なんだか、おれの境遇に似ていて共感しちゃうな。
「そういう青弥はどうなんだ?おまえ、彼女は…いるようには見えないなあ。デートもする暇もないし、携帯で話し込んでもいねえしな」
「アメリカに留学…してるんです…」
「へえ~、じゃあ、遠距離恋愛か…大変だな」
「恋愛…なのかな」
「え?」
「高校を卒業して、二年近くなるのに、一度も連絡してこない」
「そりゃ…気の毒だな」
 季史さんは拙い事を聞いたと思ってか、それ以上の詮索はせず、違う話に切り替えてくれた。

 風呂も済んで、アトリエに帰る時、季史さんが声を掛けた。
「青弥はクリスマスは空いてるか?」
「はい、大丈夫です」
「じゃあ、なんか美味いもんでも食いに行こうか」
「…いや、いいです。気を使わないで下さい」
 
 アトリエに帰り、自室の二階のベッドに寝転がった。
 枕元の壁には、リンから貰ったドリームキャッチャーのお守りを飾っている。
 願い事が叶うというそれに、おれはリンに会いたいとだけ祈り続けてきた。
 だけど、夢にさえリンは出て気やしない。
 リン、知っているか?ひとりに耐え切れない夜は、おまえからもらったジャケットを抱いて眠るおれを…
 おまえが残してくれた言葉は、おれに希望を与えてくれた。けれど同じ分だけ寂しくてたまらないよ。
 おれはおまえに繋ぐ意味を疑ってしまう。
 リン、おまえがもう一度おれを愛していると言ってくれたら…


 クリスマスは雪が降るほど寒くもなく、一日中、どんよりとした雲が空を覆っていた。
 おれは光の取れるアトリエの場所を選んで、リンの肖像画の続きを描いていた。
 手直しした回数は数え切れないほどだ。だが、まだ満足できる出来ではない。
 カンバスのリンはおれを見ている…

 リンと過ごしたクリスマスを思いだした。
 あんな素晴らしい夢のようなクリスマスはなかった。
 リンもおれも本当に幸せだったんだ。
 なのに…

 リンからの連絡は一切無かった。
 今更だ。去年だって、なかったんだ。
 …卒業して、一度だってメールも電話も手紙も来ないじゃないか。そんなの待ってたって来やしないことぐらいおれだってわかっている。
 リンは…リンには慧一さんがいて、いくらおれを好きだって言ったって、おれの元には帰って来ない。
「一生ミナに恋し続けているから」「ミナは俺の永遠の恋人だよ」
 その言葉が嘘だったとは思わない。だけど、時が経てば感情だって変わるって言ったのはおまえだろ?
 もう二年だ。
 二年間ほっておかれたまんまで…おれが何も求めないでいられるって思っているのか?
 これからもずっとひとりでおまえを想って生きなきゃならないのか?

 …カンバスのリンは本当にこんな顔だったのか?
 リンはどんな顔をしていた?
 …おれにはリンの本当の顔がわからない。
 おれを愛してるって言ったリン。
 おれを抱いてくれたリン。
 おれに生きる希望を与えてくれたリン。
 ずっと一緒に歩いていくって約束したじゃないか…

「噓つき、噓つき、うそつき…」
 急に目の前がぶれてくる。
 胸にたまった澱が堰を切ってあふれ出してしまう…

「おまえなんか…おまえなんか大嫌いだっ!思い出にしないって?おれを捨てて、勝手にアメリカに行って、自分だけ慧一さんに甘えて…
おまえに捨てられたおれはどうなる?
…すっとこうやって、いやしないおまえを思い続けて、おまえの絵を描いて…やりきれないまま生きていかなきゃならないのか?
…リン、おまえが憎いよ。
なぜ、おれを捨てた。なんでおれを選んでくれなかった。
あんなに…あんなに愛していたのに…
リン…ずっと一緒に歩いていけるって、信じてた…本当に…本当に…」

 カンバスに絵筆で大きくバツと描いた。
 もうこんな絵なんか知るもんか…来ないリンを待ってどうする。想い続けてどうする。

 雨の降る庭へ出た。
 首にかけていた鎖を取った。
 お互いにプレゼント交換をしたお揃いの指輪だ。愛していると誓った大切な指輪だ。
 絵を描くと油がついて汚れるから、鎖を通して首にかけていた。一度だって外した事はなかった。
 おれはそれを枯れた芝生に投げつけた。
「リン、おれは、おまえを忘れる。もう…二度とおまえなんか描かないし、おまえのことなんか…知らないっ!」


mina-namida.jpg


 立ったまま泣きじゃくるおれに、後ろから黒い影が覆った。
 季史さんの差す傘だった。
「風邪ひいちまうぞ、青弥」
「季史さん…」
「今頃風邪引いたら、本当に寝正月になっちまう。風呂沸かしてやるから、あったまって…それから鍋でもしようか。せっかくのクリスマスだからな」
「…うん」
 おれは季史さんの胸にすがりついた。
 だって、おれには季史さんの他には、もう誰もいない。

「リンが好きだった。でも、もう忘れてやるんだ。全部…なかったことにするんだ…」
「青弥…無かった事にする必要はねえよ。本当に好きだったんだろ?いい思い出にすればいいんだよ。自分の中の一番綺麗なところに飾ってやればいいんだ…青春って、そういうものなんだって言ってた」
「…誰が?」
「うちの親父」
 そう言ってニコリと笑う季史さんの優しさが、おれには怖くて…離れようとした。
 だけど、季史さんはしっかりおれを抱いて離さない。
「青弥のことを好きになってもいいかい?おまえを守りたいんだ。俺は…青弥から離れたりしないから…」
 その腕を離すことなんか、今のおれには出来ない。
「リンを失った傷を癒す代わりにでもいいですか?季史さん」
 そう言ったおれに、季史さんは黙って頷いてくれた。

 さようなら、リン。さようなら…
 もう、おまえもおれも自由になっていいんだ。
 本当に幸せだった。
 リン…おれはおまえを愛していたよ。





フラクタル 終



 
凛肖像画22


「フラクタル」 15へ 
「愛する人へ…」1へ

● COMMENT ●

ミナが リンへの想いを抱えながらも 一歩前に進む(成長と言う方が 合っているか?)決意で 終わり。。。ですね。

この「フラクタル」で 区切ってしまわないで 「愛する人へ・・・」まで 読んで コメントを書くのが いいかも、とは 思ったのですが もうこんな時間なので...
ミナ編、慧一編は リン編を読むより 時間がかかってしまうのは リンほど 素直じゃない 二人の性格からでしょうか。(悩)

櫻井、彼の ゆるい優しさは 今のミナには 支えになるでしょう。ただ 彼では リンを ”想い出”には 出来ないでしょ!?
ミナにとって 誰も リンの代わりには なれないのは 当然ですけどね♪(苦笑)
では 「愛する人へ・・・」で お会いしましょう。(_ _)zzz 。o 0byebye☆

だんだん最後に近づいてきましたね~

「愛する人へ」と「only one」は最後は並行していくので、一気に読んだ方がいいかもしれないですね~

二年間かけて書いたものをこうして一気に読んでもらうと、色々と粗が見えているんじゃないかと、こっちはハラハラします。

近頃はけいったんさんだけじゃなく、なぜか一気に全部読まれる方がとても多くて、大丈夫かしら~(;´∀`)と、恐縮してしまいます。
こんなに拙い物語を、時間をかけてでも読んで頂けるというのは、書き手はそれだけで非常にありがたく、また作品への責任も感じてしまいます。
最後まで読んでもらえるように、テンションを落さず、読み手が期待外れにならないように、質を保たなければならない。
二年間テンションを維持するのは、本当に大変だったんです。自分がキャラを愛し続けなきゃならない。
自分を叱咤激励しながら書き続け、こうやって他の人に読んでもらい、けいったんさんのように感想を頂く。
大変だったけど、書いて良かったと、喜びを感じています。

たかがブログです。個人の文章です。読んでもらうというにはおこがましいレベルです。
それでもこの物語の世界をそれぞれに楽しむのは、それはもう読み手の想像力と好奇心です。
文字とイラストを提示するだけしかこちら側はできない。それを受け取って楽しむのは、読者側。
だから、やっぱりこの話を読んでくれる読者に、感謝するしかないんですね。

ありがとうございます(*´∇`*)


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