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2019-09

宿禰凛一編 最終章「only one」2 - 2010.11.16 Tue

石畳

2、
 アメリカでアーキテクト、即ち建築家の資格を取るには、多くの条件がある。
 専門的な知識を得る為の大学、大学院での勉学は勿論、数年間の実務経験と難関といわれる建築家登録試験をクリアしなければ、アーキテクトとして認められない。
 俺は一人前のアーキテクトになるため、寝る間も惜しんでひたすら勉強した。
 気ままな一人暮らしも身の回りどころか飯を取るのさえ億劫になってくる。
 大学の近くに新たに自宅を設けたリュス・ブライアン夫妻の家へちょくちょくお世話になる事も多く、夫妻の薦めもあり、一年後には居候させてもらうことになった。
 エリザベスは本当の孫のように俺を可愛がってくれたし、リュスも色んな相談に乗ってくれる。
 何より食生活の面で心配することがなくなった。
 たまにユニオンシティの社宅で仲良くなった飯田さん達と食事を楽しんだりする。
 休日はオートバイを飛ばして、ニューヘヴンの慧一に会いに行く。
 慧一との仲は変わらず、慧一自身の仕事も充実している。

 大学生活も慣れれば楽しいし、志を同じにしている仲間はお互いを高めあうにはいい刺激をくれる。
 真面目な学生が多いのもこの学科の特徴でもある。
 大学のすぐ近くにある世界一の収容を誇る聖ヨハネ大聖堂には、何故か親しみを感じてよく拝観に行く。
 入学して三年目に鳴海先生がこちらに研修にいらしてて、久しぶりに再会した。
 何故か紫乃も一緒にいたのには驚いたが…思わず、洗礼でも受けたのか?と、尋ねてしまった。
 俺は飛び級をして大学四年生になっていた。
 来年は院に進み、修士を取る予定だ。
 平行して慧一の仕事も手伝うことにしている。

 慧一は、雇い主であるパトリック・ネヴィルの協力も得て、独立してニューヨークに事務所を設立することになった。場所はMPDとチェルシーの境界に位置する14thストリートのビルの二階だ。
 名前は「A.SUKUNE アーキテクツ」と名づけた。
 Aは勿論、母の葵と姉の梓からもらった。
 建前はアトリエ系の建築デザイン製作を中心としたが、個人の住宅設計も積極的に受けることにした。
 慧一は若手では名の知れたランドスケープデザイナーだし、またマスターアーキテクトとしても実績を重ねる努力をしていた。
 俺は慧一の右腕になる為にも、エンジニアとしてもマスターとしても揺ぎ無い知識と経験を早く身に着けなければならなかった。
 事務所はNKコーポレーションを早期定年をした飯田さん、また慧一がお世話になった当時のプロジェクトマネージャーが営業と経営を管理している。パックが慧一の為に遣したサポートと秘書の6人で新しい事務所を開いた。
 勿論約束どおり嶌谷さんが筆頭株主だ。同じく宗二朗さんの援助が大きかった。
 彼の背景にある嶌谷財閥の力は大きい。
 アメリカでの企業進出を増強したい嶌谷カンパニーが、俺たちみたいな新参者をマトモに相手するはずもないから、宗二朗さんは個人での出資だ。
 だが、俺としては貰うだけで、借りを負うのは気に入らない。
 そうでなくても下請けや施工の会社は俺たちだけでは優良な企業を選択する力はない。
 嶌谷カンパニーとの繋がりは生き残る為に必要だ。
 慧一は反対したが、嶌谷カンパニーの広告モデルとして二年間契約した。
 その広告や映像はアメリカ国内だけだったが、充分にクライアントを満足させるものになった。

 それとは別に宗二朗さんとは秘密の契約をしていた。
 一晩だけ寝るという下らないものであれ、事実、肌を交じらせればお互いの弱みを握ることになる。
 俺は宗二朗さんとは対等でありたかった。
 宗二朗さんは嶌谷さんをある種神格化している。その嶌谷さんが守りたいと思っている俺の身体を宗二朗さんに与えておけば、何があっても俺を裏切ることは避けるはずだ。嶌谷さんを泣かすことはしないだろうからな。少なからずとも俺たちの会社を支えてくれるだろう。
 勿論、こちらも思惑も知った上での合意だった。だから正直、宗二朗さんも俺も楽しくもなかった。
 終わった後、「全くこんな胸糞悪いセックスはねえよ。二度とおまえとは寝ないからなっ!」
 宗二朗さんは不機嫌に吐き捨てた。
「こっちからもそう願います。これはあくまでも契約だからね」
「…こんなことばかりしてると、兄貴が呆れ果てるぞ」
「大丈夫だよ。慧は俺が男娼であっても、俺をはねつけたりしないもの」
「…本当にそう思っているのか?」
「信じるということは、そういうことなんでしょ?」
 
 慧一がこのことを知ったかどうかはわからなかった。
 俺はそうやって何人かの契約したトップと求められたら一度だけ寝ることはあったから、宗二朗さんの事も感づいてはいるだろう。
 慧一は何も言わない。
 一度だけ酷い目に合わされて朝方帰ってきた時、血相を変えて俺の傷の手当をした。
 何も言わないでくれと頼む俺に、慧一はただひと言「おまえを愛している。ただそれだけだ」と、真っ青な顔をしてそう言った。
 慧一に対して罪悪感がないわけではない。
 俺は自分をミナへの購いとして身体を他人に許している。嶌谷さんはそれは間違いだと言った。だが、俺は自分がどうしても許せない。そして、慧一も同じように感じている罪悪感は、俺を選んだことへの罪の意識から来ている。
 俺たちは結ばれながらも、共有の罰を味わっている。

 自分にマゾ的思考はないと思っていたけど、ここまでくると変な気分だ。
 慧一の魂の片割れでも入り込んだのかもしれない。
 ともあれ、俺と慧一は、比較的上手くいっている。
 そう思うことにしている。

 大学院を卒業した翌年の夏、研究論文に出した「和風建築と西欧の融合とその機能の合理性」が、SIA建築デザイン賞の新人賞を受賞した。
 合衆国では割と権威のある賞であり、慧一もシカゴ大学院生の頃にこの受賞していることもあって、兄弟揃っての受賞は珍しいとのことで、連日メディアからの記事依頼が殺到した。
 その頃ちょうど、聖ヨハネ学院の創立百周年記念の同窓会もあり、俺も出席することになっていたが、受賞の為仕方なく欠席をした。
 実は学院の体育館と教会の建て直しの契約を事務所が受けていた。
 鳴海先生直々の申し出があり、俺も慧一も全力で設計デザインをすることを約束していた。
 綿密な打ち合わせの為に、何度も学院には出向いていたんだ。
 ほぼ輪郭も決まり、それを皆に報告したかったんだが…

 本当は…一番の目的はミナだった。
 ミナと会えるかもしれない…そう思うだけで心臓が高鳴る。
 高校を卒業して一度も、連絡していない。
 三上や桐生さんたちから、ミナがT大を退学して、美大に入学、そのまま画家の道を目指していると聞いていた。
 そのニュースを聞いた時、とても嬉しかった。ミナが自分の道を見つけたんだと思ったから。
 そしてそれは俺の自慢でもあるんだ。ミナは俺を沢山描いてくれていたから…
 もう六年になる。
 俺なんか忘れて、ミナもいい恋をしているだろう…当たり前だ。
 だけど、少しでも俺を思っていてくれたらって…自分勝手に願ったりしているんだ。

 だから、受賞式にミナと誓った指輪を嵌めて出席した。
 マスコミが来るのはわかっていた。
 もし日本でこの記事を見つけてくれたら、ミナに知って欲しかった。

 今でも愛しい。ミナ、君に恋をしている…のだと…
 





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花々

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