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2019-09

水川青弥編 最終章「愛する人へ」3 - 2010.12.01 Wed

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3、
 その夜、おれは捨てておいた昔のリンの肖像画を探し出し、そのカンバスをイーゼルに置いた。
 おれが描き殴ったバツの印が生々しく残っている。
 あの時おれはリンを詰り、今後一切リンを愛したりしないと、自分に言い聞かせた。
 ヨハネで過ごしたあの三年間を、過去にしてしまいたかった。
 リンに捕らわれて生きることが苦痛で仕方なかったからだ。だけど、リンを忘れることなんて、できるはずもなかった。
 おれに絵を描き続けることを導かせたのは、リンだった。
 おれが絵筆を持つ時、いつだってリンの声が聞こえてくる。
「ミナは絵描きに向いてるよ。俺は、ミナの描く絵が好きだなあ」
 口癖のようにリンはおれに言った。決して押し付けがましいわけでもなく、軽口でも叩くように繰り返していた。
 リンの言葉は、おれの中に自信と言う小さな塊を少しずつ積み重ねてゆく。
 おれが、今こうしてカンバスに向かいあっていられるのは、リンの所為に他ならない。
 おれにとってリンは一番…一番描きたい存在だったからだ。
 おれは今までに一度だって満足のいくリンを描いていないじゃないか。
 リンを描きたくて描きたくて、おれはこの道を選んだんじゃなかったのか。
 リンが誰を好きだろうが、本当は関係なかったんだ。
 おれは…自分が忘れ去られるのが怖かった。リンがおれをただの思い出にしてしまうのが怖かったんだ。

 恋は、他人を愛するってことは、相手を求めることだけじゃないはずだ。
 おれが、リンを、愛しているのなら、それに区切りや果ては無いはずだ。
 リンがおれを忘れてしまおうと関係ない。
 リンが…それをおれに示してくれた。
 おれがおまえを忘れても、憎んでいても、リンはずっとおれを想ってくれていた。
 それはリンの誠意であり、自信であり、彼の誇りだ。
 おれはテレビの向こうの彼が眩しかった。おれに愛を示してくれたリンがあまりにも凛々しくて、嬉しくて、同時に自分の不実さに恥ずかしさの余り、悔しくて仕方なかった。

 …リン…、おまえはやっぱりすごい奴だよ。
 おれはおまえへの想いだけは、おまえがおれを想うよりもずっと…ずっと深くて熱いものだと自負していたよ。絶対に負けないって思っていたのにね。

「リン、もう迷わないよ。おれの想いをカンバスにぶつけなきゃね。いつか…おまえと会う時、ちゃんと顔を上げておまえに微笑みたいから…おれは、おれのリンを描くよ。おまえが手の届かないところに飛んで行くなら、おれは這ってでもおまえに辿り着いてやる。負け続けていられるもんか…なあ、リン。おまえはいつだってそう望んでいたよね。おれ達は対等に愛し合う恋人だって」

 おれはカンバスに絵筆を下ろした。


 季史さん宅の庭は芝生で覆われている。
 四季の草木も豊富で隣りとの境目の塀の代わりに花木が植えられている。
 ハクモクレンやキンモクセイ、カンツバキ。藤棚にはその季節ごとに枝を仕立て、縁台を置いて夕涼みを楽しんだ。
 季史さんのご両親がこの家から出られて以来、放置されていた花壇も、おれが手を入れ、季節ごとに花を植え替えている。
「イングリッシュガーデンみたいだ。結婚式場にでも提供するか?」
 ブーゲンビリアのアーチの下で季史さんが笑う。
「土がいいんだよ。じゃなきゃこんなに育たないよ。それより、このコスモスみてよ。去年より、二倍以上は増えたよね」
「さすがは青弥だな。おまえ、どこで土いじりを覚えたんだ?」
「高校の時、温室の世話をしてたんだ」
「園芸部員だったのか?」
「…そうじゃないけど、ね」
 三年間でリンと育てた植物は数知れない。
 リンもおれも水遣り、草むしりから植え替え、種を取ってまた小さな芽が出るのを見とどけた。
 おれ達はその生命に喜び、笑いあい、そして与えあった。
 リンの手が触れる時、おれは恥ずかしさの余り、口唇を噛み、目を閉じてしまったけれど、おれの心も身体も喜びに満ち溢れていた。
 リンのささやきが、意気地のない引きこもったおれを大胆にした。
 あの時、おれは初めて自分を解放させる術を知った気がする。
 あのシンパシーやエクスタシーは青春や恋という言葉だけじゃ語れない。満ち溢れたエネルギーだった。
 エネルギー…情熱…おれはそれをおれの描くカンバスに映し出さなきゃならない…

 おれは展覧会に出す一連のテーマを「green house」と題した。

「見れば見るほどイイ男だな」
 アトリエで絵を描くおれの傍らに立って季史さんが呟く。
「これでも、実物には程遠いと思うよ。先輩が言うにはリンは…人間じゃないって」
 おれの言葉に季史さんはクスリと笑う。
「青弥は俺の声がこのモデルとそっくりだと言ってたけど、似てるのは声だけだな。見事に完敗だ」
「そんなことないよ。確かに初めて季史さんの声を聞いた時は…驚いたけど、リンとはまるで違うもの」
「…喜んでいいのか、悲しんでいいのか…」
「だからあ~おれは季史さんとリンを比べたことないってことだよ」
「わかってるよ。青弥は俺の背にこの子を見たりしていないってわかっている。だけどな、俺は…おまえを最初見た時…俺の声を聞いてポカンとなんとも言えねえ顔をした時な、いっぺんに好きになっちまったんだ。だから…俺の声に似ているというこの子が、おまえを俺に導いてくれたのかもって…そう思ってしまう自分がいる。本当なら、青弥を独り占めしているこいつを憎んでもいいんだろうけれど…」
「季史さん…」
「もし、これから青弥とこの子が…元の鞘に納まるとしても…俺に気を使わないでもいいからな。青弥は自分の想いで生きていけばいい」
「…」
 元の鞘か…そんなことありえないんだよ、季史さん。
 だって、リンには慧一さんが、おれには…あなたがいるじゃないか。
 そうだろう?

 師走になり、二十日からの展覧会への期日が迫り、おれは飲まず食わずで絵を描き続けた。
 展示する絵は油絵7点と植物を中心としたリトグラフ十一点だ。
 どれも温室に関連させ、世界感を繋ぎ合わせた。
 一番号数の大きい500号サイズの油絵を、聖ヨハネ学院の新しい教会堂へ贈呈することを、鳴海先生には伝えてある。
 おれはその絵に「目覚め」と題した。

 展覧会は、大学の協力もあり、宣伝も行き渡った所為か、こちらが驚くほどの盛況ぶりだった。
 夏の同窓会がきっかけとなり、ヨハネの同級生たちもこぞって、観覧に来てくれた。
 町田先生を初め藤内先生や藤宮先生。鳴海先生まで来られ、恐縮してしまった。
 鳴海先生には教会に飾る「目覚め」を見て頂いた。その感想を聞くまではこちらは気が気じゃない面持ち、だが、こちらから伺う勇気なんてなかった。だって、どっからどうみてもその「目覚め」に描かれているモデルはリンでしかなかったから…
「いい絵ですね」と、鳴海先生は絵を見つめながら言った。
「孵化する前の幸福というものは、こういう表情をしているのかもしれません。水川君、あなたの七つの美徳がこの絵から伝わってきますよ…是非この絵を飾らせてください。宿禰君も…さぞや喜んでくれることでしょう」
「ありがとうございます」

 今、君がここに居たとしたら…
 おれはやっと、胸を張って君の目を見つめることができるかもしれないよ、リン…

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 展覧会の最終日、遅くなった昼食を観覧に来てくれた友人と一緒にカフェで取っていた。
 昼食から帰ると、季史さんが慌てておれに近づいてくる。
 季史さんは初日からずっとこの展覧会の為に先頭に立って裏方を引き受けてくれている。
「青弥、どこに行ってたんだ。何度も携帯に連絡したんだぞ」
「ちょっと昼飯を…あ、携帯マナーモードのままにしてたんだ。ごめん。なにか急ぎだった?」
「…来てるよ」
「え?」
「おまえが一番会いたい奴だよ」
「…」 誰のことを言っているのか、わかってしまう。だけど…本当に?
「入って二十分は経っているから、見逃さないように出口から行けよ」
「…」
「何ぼーっとしてんだよ。早く行って来い」
「だって…急に言われても…何話していいのか…」
「会いたかったって…言えばいいんだよ」
「季史さん」
「ん?」
「ありがとう」
 季史さんは少しだけ微笑み、そしておれの背中を押した。

 出口から回廊に入った。
 この「七星会」の展覧会は7人がひとりひとりのテーマを決め、区切られたギャラリーを使い思うがままに展示している。おれの展示は最後のスペースのふたつのギャラリーだ。
 はやる心を必死に抑えた。
 走りたくなる足に言い聞かせ、殊更ゆっくりと歩いた。
 リンがいる。
 リンがおれの絵を見に来てくれている…
 ああ、どうしよう。おれの絵をリンはどんな顔をして見ているんだろう。おれのリンへの執着を笑ってはいないだろうか…

 二回目の角を曲がり、一番広い回廊へ出た。
 何人もの観覧客がいる中、迷う事無くリンの姿を見つけてしまった。
 黒いコートに包んだ身体からは、隠せないほどの鮮やかなオーラが立ち込めている。
 正面の絵を見つめる横顔は非の打ち所も無いほどに端整で、見惚れるほどに美しい。
 だけどおれは知っている。
 自分を信じる強固な意志と、強烈な孤独の影と、繊細な優しさ…どれもがリンという人格を彩る。
 少しも…翳ってはいないと、おれはほっとした。
 静かにその影に近づいて行く。
 リンとの距離が近くなる。
「リン…」
 辺りに声が響かない程度に呼んでみた。
 リンはゆっくりとこちらを向き、驚いた顔をする。
「リン」
 おれはもう一度、名前を呼ぶ。
 リンは笑った。
 あの頃と同じように、少しだけ顔を傾け、優しく慈しむような顔で微笑んだ。

「ミナ、久しぶり。会いたかったよ」
 彼はそう言って、一歩一歩おれに近づいてくる。
 おれはいつ胸が破裂してもおかしくないって…そう思いながらも、そんなことはありえないと笑う。




リンミナエンド

 
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