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2019-09

水川青弥編 最終章「愛する人へ」4 - 2010.12.10 Fri

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4、
 向かい合ったおれ達は、何も言わずただ見つめ合っていた。
 何か言おうと口を開けたら、リンがぱちぱちと瞬き、意味ありげに睨む。
 …こういう時、こいつは大抵ロクでもないことしか考えていない。
 それを責めると、「ミナは相変わらず、素直でかわいい」と、丸め込まれた。
 六年前と少しも変わらない会話に、懐かしいとか嬉しいとか通り越して、呆れてしまった。
 しかもリンの態度は、きっちりとおれへのスタンスを保っている。
 計算なんてしているわけじゃなく、こいつはここがどこかわかっているから、おれに触れようとしないんだ。
 そういう隙のない配慮もやたら癇に障る。おれなんか、今にもリンの胸に飛び込んでしまいそうなのを全理性を掻き集めて我慢しているっているのに。

 いつものようにおれが手玉に取られていると、院生仲間の加賀谷が、村上教授が来ているから挨拶に来いとおれを呼ぶ。
 この一大事にそんなもん知るか!と、言いたいところだが、リンは別段気にした風もなく、「行っておいで」と、おれを送り出す。
 せっかくの六年ぶりの再会をおまえは、おれ程感動してはいないのか?と、なんだか空しい気持ちになった。
 だけど、おれを見送るリンを振り返った時、その姿を見た時、どうしてもこのままで別れたくないって思った。
 だから、「後でリンに会いに行くから、待っててくれ」と、懇願した。 
 よくよく考えれば、リンの都合も考えないで強引過ぎる話だ。
 全く以って自分でも疑うほどの大胆さで…冷静になったら恥ずかしくなった。

 先を行く加賀屋に追いつき、並んで歩きだす。加賀谷はおれをじっと見る。なんだ?と言うと、
「あれが、おまえの描いたモデル?」「うん」「すげえな」「え?」「なんつうか…圧倒されるって感じ」「そうだろ?」「…付き合ってんのか?」「いや…高校ン時の同級生だよ」「…そうか」
 美大生って言うのは、あまり他人のプライベートを詮索しない。と、いうか、作品のモデルとの関係は色々にややこしい話になりがちなんで、お互いに突っ込まないのがルールだ。

 教授との話も終わり、ギャラリーの入り口に戻った。ちょうど季史(きし)さんが居たからリンの事を聞く。
「ああ、あの子ならもう帰ったよ」
「…そう」
 また会う約束はしたけれど、正直がっかりだ。
「おまえのリトグラフを3枚も買っていった」
「…そうなの」
 少し…いや、かなり嬉しい。
「いい奴だな」
 季史さんにそう言ってもらえて素直に嬉しくなった。
「うん」
「バーカ、嬉しそうにはっきり言うな。妬いてるんだからな」
「あ、ごめんなさい」
「仕方ないさ。あっちの方が先に青弥に惚れちまったんだからなあ~」
「…」
 季史さんは感情を表に出さないから、本音は言葉でしか伝わらない。
 リンとの決別をはっきり示したにも関わらず、こうやって今でもリンへの恋慕を抱いているおれに呆れているのかもしれない。もし…その事で季史さんがおれを嫌になったり、傷つけたりするのなら、おれは季史さんの傍にいるわけにはいかない。

 会場は五時に終了し、後片付けの力仕事に全員で勤しんだ。ある程度の目安がつき、後は明日運び出せるだけにした。
 駅前のホテルでの打ち上げパーティが始まったのは午後八時。皆クタクタだったが、お世話になった方々へのお礼と感謝の挨拶回りに走り回った。だけどおれはリンとの約束があるから気が気じゃない。
 一息ついたところで、季史さんがおれを会場の外へ連れ出した。
「なに?」
「宿禰くんと会う約束としているんだろ?」
「…うん」
「じゃあ、行ってこいよ。まだお開きには時間かかりそうだし、後の事は俺に任せとけよ。今、青弥に必要なのはあの子だ」
「季史さん」
「俺は青弥の素直なところが好きだからな。これからのおまえの為にも、後悔しない道を選ぶんだ」
「おれ、季史さんから離れないといけない?」
「なんでだ?」
「だって…リンをこんなに想っているおれに呆れてるでしょ?…嫉妬してるって言ったじゃない。おれが今からリンの元へ行く意味を…季史さん、わかっているでしょ?リンがそれを望むかどうかはわからないけれど…おれは、もう一度リンを…確かめたいんだ」
「…青弥が諦めの悪い辛抱強い奴ってことは知ってる。だけど俺も、青弥に負けないほど諦めの悪い男なんだぜ?その上、歳取った分、ずる賢さも寛容さもある」
「…」
「美桜堂でおまえを待ってるっていう、言葉も用意している。おまえに惚れてるのは俺の勝手だからな、気にするな」
「…ありがとう」
「明日はクリスマスだし、サンタさんの気分になって青弥に特別休日をプレゼントしてやるよ…楽しんでおいで」
「季史さん…」
 季史さんの胸に頭を持たれかけた。おれの肩を抱く季史さんの力強い手が嬉しかった。
「な?俺はずる賢いだろ?こうやって俺を裏切れなくしているんだぜ」
 そうじゃない。そうじゃないよ、季史さん。あなたは本当に優しい人なんだ。あなたがいなかったら、おれはこんな気持ちでリンに向かいあう勇気は持てなかった。
 ありがとう。

 電車に乗り、リンの待つホテルへ向かう。暗くなった道をリンへと急ぐ。
 最後の冬、リンと過ごした御殿山のホテルだった。
 おれはあの時、ただひたすらリンを信じて、一緒に歩ける未来を夢見ていた。
 実際は、リンはあの時点で慧一さんと生きていく道を選んでいた。それを卑怯というのなら、そうかもしれない。
 けれどリンはおれの為に高校卒業まで「優しい嘘」を突き通したんだ。勝手に夢を見ていたおれに、リンは付き合ってくれていた…と、考えたらリンに罪はない。
 根本先輩が言ってたとおり、恋愛はどっちが悪いとか、正しいとか、そういう天秤に掛けるものじゃないんだ。

 首もとのネックレスをマフラーを弛めて外した。鎖にはリンと誓った指輪が通してある。
 あの時…リンを詰って庭に捨てたこの指輪を、季史さんが拾っておれに渡してくれた。
 折角の思い出を汚しては駄目だと、言って…
 でもね、季史さん。この指輪は…思い出にはならない、なれないんだよ。だって、今だってリンを想うだけでこんなにも胸が震えてる。
 おれは指輪を左の薬指に嵌めた。

 ホテルに着いたら、リンが出迎えてくれた。にっこりと微笑まれ会釈をするリンが、昔と変わらず王子さまみたいだなあと変な気がして、そこでまた頭を傾げてしまう。
 リンに対してのおれの想いって、あの頃と少しも変わっていない。
 リンに案内されるままに、ホテルのスカイラウンジへ行き、リンが勧める料理を食べた。
 ワンプレートのオードブルは色んな味が楽しめて美味しかったし、スズキのプロバンス風なんとかもやっぱり美味しい。
 「美味しい、美味しい」と、馬鹿みたいに繰り返すおれを、リンは楽しそうに見ている。
 そういや、リンと食事をする時って、いつもリラックスしてたような気がする。
 
 会話の殆どが、高校を卒業してからの話で、お互いに見知らぬ世界の話に多いに聞き入った。リンのアメリカでの体験なんて、おれからすれば、映画みたいな出来事で羨ましいどころか、異次元すぎてリアルに感じない。
 リンもおれの美大での生活にひどく興味を持ち、絵画制作の過程を詳しく知りたがった。
 会話の勢いで、おれは一番言いたかったことをリンに打ち明けた。
「リン…今夜一晩、リンと一緒に居てもいい?」
「え?」
「確かめたいことが沢山あるんだ」
 おれの言葉にリンは珍しく黙り込んだ。それは拒否の答えなのかとおれは判断した。
「いや、リンが嫌ならいいんだ。勝手に来て、変なことを言ってごめん」
「馬鹿、開き直るなよ。困っているんだろ?ミナが本気で誘っているのか、ただ俺を試しているのか…昔のミナは賭け事は嫌いだったが、そのワインの飲みっぷりじゃ、昔のままのミナとは思えない。もし、本気なら、正直に寝たいって言えよ」
「…ね…ね、寝た、くない、わけじゃない」
 おれの言葉にリンは大声で笑う。
 なんら変わらないリンの意地悪な言葉遊びに、本気でムカついた。こっちは必死なのに、なんて奴だ。
「リ、リンが嫌なら、別におれは…」
「嫌じゃないよ。ちょうどいいや。ここも閉店だしね。俺の部屋へ行こうか」
 ムーディな蛍の光が店内に流れ、おれ達は立ち上がった。
 リンの後を付いてエレベーターに乗る。
 リンは昇っていくガラスの向こうの夜景を見つめている。いつものことだが、こういうリンは何を考えているのかわからない。
 リンの部屋に通されて中をみる。
 前に泊まった部屋と違ってダブルのベッドが中心の広い部屋だ。
「ひとりで泊まっているのに、ダブルなのか?」
「ああ、俺、寝相が悪いしな」
 そういやリンと寝てて何度か蹴られたことがある。

「適当に座ってくれ。ワイン飲む?さっき開けたばかりだけど、まだ半分も飲んでないんだ」
「もらうよ」
 窓際のソファに腰掛けた。ガラス窓の向こうに広がるイルミネーションは、イブの為かいつもよりも鮮やかな気がした。
「つまみは?簡単なオードブルでも頼もうか?」
「いや、いいし…」
「酒を飲みに来たわけでもあるまいに…?」
 意味深に横目でおれを見るリンが憎らしい。
 しかし、
 他の奴には絶対こういう気分にはならないのに、なんでリンにだけこんなにムキになるのか、自分でもわからない。

「べ、つに…リンがその気にならないのならこのまま話しているだけでもいいんだ。話したいことはいくらでもあるし…」
「俺はね、ミナ。迷ってるよ。ミナを抱きたいって…今夜一晩だけでも、ミナをめちゃくちゃに可愛がってやりたいって、思うけどね…自分の有様を振り返ると、ミナを抱く資格があるのかって…俺、ミナを別れてから随分と節操なく遊んでいたからね」
「慧一さんは…何も言わないの?」
「そりゃあ怒るし、叱りつけるけどね。慧は絶対に俺を許す。あれは俺なしじゃ生きられない人だもん」
「そんなの…リンの勝手な言い草だよ。慧一さんが可哀相だ」
「そりゃそうだけど、釈明させてもらうと、半分は仕事の為に寝てるんだよ。クライアントとの取引に有利になったりするしね」
「そう、なの…」
「まあ、ミナに聞かせる話じゃない。身売りしているわけじゃないし、嫌な奴とは寝ない。選ぶ権利を放棄した事もない。愛がないセックスにどういう価値があるのかは知らないけど、お互い楽しめればいいんじゃないかと割り切っている」
「そう…おれも、リンを責めれるほど綺麗でもないよ。…リンと別れて、男とも女とも寝てみたんだ。でもやっぱり全然夢中になれないし…感じないから、おれってどっかおかしいのかって…思ったこともある」
「それは…俺に責任がある。ミナをそんなにしてしまったのは俺の所為だろうから…でも、今は違うんだろ?」
「え?」
「恋人…いるんだろ?…櫻井さん?」
「なんで…知ってるの?」
「今日、おまえのリトグラフを買った時の売り子さんやってた男の人。なんでって…俺の声にそっくりじゃん。だからミナはあいつに惚れたなって、ね。ピンときた」
「こ、声が似てるから好きになったわけじゃないよっ!おまえはどこまでうぬぼれているんだよ」
「そうか?じゃあ、あの男のどこが良くて付き合っているんだよ」
「…どこがって…」
 なんでそんなことを、こんな場所で、この状態で言わなくちゃならないんだ?目的から離れているんじゃないのか?
「リンと全然似ていないから、好きになったんだよ。リンみたいに意地悪じゃないし、一緒に歩いててもこっちが惨めにならなくて済むし、なにより季史さんは大人だから、おれが何をしても許してくれる…」
 これじゃ…まるでリンにとっての慧一さんみたいじゃないか…
 リンもそう思ったのか、少し悲しそうに微笑む。

「お互い、俺たちの相手は苦労人だな。想う相手がやりたい放題だ…」
「リン、おれは…」
「純愛というものが肉体を求め合うだけのものじゃないならば、何故それを貫くことができない。純愛を証明する手立ては唯一それでしかないではないか…どっかの馬鹿な文学者がそんなことを言わなかったか?」
「…知らない」
「俺はミナを愛している。これが純愛なのかはどうでもいい。だがこの恋慕には充分な欲情がある。俺がそれを望んで…おまえがそれを求めるなら…それを制す意味など無意味じゃないのか?」
  
 ベッドに腰掛けたリンがおれに右手を差し出す。その右手を握り締めた。
 引かれるままにリンと一緒に、ゆっくりとベッドへ並んで寝転んだ。
 見つめ合い、微笑みあった。怖いものなど何も無かった。
 左指の指輪を撫でられる。
「…誓いは誓いでしかない。守られるべき約束などひとつもない。ただ…そこに、想いが宿るだけだ。…ミナを愛してる。偽りのない想いだけだ…」

 リンの言葉に、涙が零れた。






リンミナ手を繋ぐ11



「愛する人へ…」3へ /5へ


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内緒のyさん、コメントありがとうございます。

そうですね~
ミナか慧一か…読み手によって、感情の入れ方が違ってきますから、難しいですよね~
慧一編ではやはり、慧一への応援が多かったし、ミナ好きな人からは、ミナがかわいそうって思われていたと思います。

この話は最初は私ひとりで書いたわけではなく、まあ、どこまでいくかわからずに書き始めたんですが、慧一を出した頃から、リンミナが別れるのは決まっていましてね。そこまで繋げる苦労が…半端なかった(;´Д`A ```
特に凛の感情の動かし方、慧一を選ぶ時間と時期、別れへの踏み出し方。どれを取っても難題でした。テンションと落さずに最後まで引っ張る力がいるので、非常にきつかったです。
ここまで遣り通し、あと少しとなった今では、本当に心からほっとしてます。

yさんの思われるとおりにこの話は終わります。
純愛というものが、こうあってもいいじゃないか…と、いう物語を書きたかったのです。

初めから読んで頂き、感謝感激であります。
最後まで読んでいただけるとうれしいです。


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