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2019-11

天使の楽園・悪魔の詩 20 - 2012.02.02 Thu

kalkihane.jpg

20.

 今にも消えそうなガス灯が、細い路地を薄暗く照らしていた。
 幾人かの人影にぶつかりながら、路地の奥の騒がしい酒場の喧騒の間をすり抜けていく。
 あの叫び声にも誰も気づかないはずはないのに、誰一人として変わった様子はない。
 誰にも聞こえていない?
 おれの耳にしか届かなかったのか?

 路地を抜け、壁に仕切られた狭い井戸端へぶつかった。
 わずかに照らしていたガス灯がゆっくりと消えた。月の光が影を作った。
 目を凝らしてみると石畳に人が倒れている。 それも一人ではない。…ふたり、三人…いや四人だ…
 壁沿いの階段に壁にもたれ、うずくまる影があった。その影がスチュワートだと直感した。
 おれは急いで近づき、跪いた。
「スチュワート…」
 尋常ではない事はマヌケなおれでもわかっていたから、小声でささやく。
 俯いたスチュワートは僅かに顔を上げ、おれを見た。
「バカか…消えろって言っただろ…」
 声が震えている。スチュワートに何かあったんだ。
「なにがあったの?どこか…痛いの?」
「…腹を刺された。…かなり深い…」
 腹を押さえているスチュワートの両手が薄暗くても赤黒く汚れているのが見えた。 
「…血…」
 血塗れのスチュワートを見て、思わず後ずさりした。
 血の気が引いた。足元がおぼつかない。ガクガクと膝が崩れる。
 ざまあねえ…と、笑うにも引き攣って笑えない。
 怖気づいて何をどうしていいのか…判断できない。

「ス、スチュワート。おれ、どうしたらいい。病院?…病院の先生を呼べばいいの?」
「バカ…ヤロー…奴らを見ただろ?殺ったのは俺だ。警察も医者も呼ぶな」
「じゃあ、どうすれば…あ、あの魔術師さん、ブラッドリーさんを呼べばいいんだね」
「無理だ…間に合わない…」
「…スチュワート」
「近くに、休むところはないか…」
「休むところ?」
 おれは辺りをうかがった。
 そうだ。この建物は売春宿だ。男娼のおれなら、中に入ってもお客さんを連れ込んだのだと疑わないだろう。
 考えている暇はない。
 おれは足元がおぼつかないスチュワートに肩を貸し、宿の裏口へ向かう。
 スチュワートの様子は痛々しいってもんじゃなかった。
 苦痛に顔を歪ませ、吐き息も荒い。脂汗で雫が落ちる。滴る血を必死でコートで押さえ、宿の主人を誤魔化し、なんとか部屋へ連れて行く。ドアを開け、部屋の灯りを点けた。
 ベッドに倒れこんだスチュワートの身体には太いナイフが刺さっていた。
 それを見た時、おれは腰をぬかし、そのまま床にへたり込んでしまった。

 おれだってそれなりの修羅場は何度か経験している。だけど、…こんな血塗れになった人間を目の当たりにしたのは初めてだった。
 血の気の引いた土色の顔に口唇だけが赤い。吐く息も苦しげにスチュワートは薄目を開けておれを見る。
「カル…キ。そこに、居るのか?」
 名前を呼ばれておれはなんとか立ち上がり、ベッドにすがりつく。
「い、痛い?スチュワート…どうしてこんなことに…こんなにいっぱい血が出てるよ…」
「クソバカ…そんなにギャアギャア泣く位なら、あのまま逃げてりゃ良かったのに…」
「ごめんなさい。もっとおれが気をつけていれば…」
「…るせえ…よ。泣く奴は、嫌いだ…」
 スチュワートの言うとおりだ。泣いてたってスチュワートの傷が治るわけでもない。

 おれは涙を拭いて、スチュワートの腕を掴んだ。
「スチュワート…どうしたら、いい?おれは何をすればいい?」
「俺を…助けたいか?」
「うん」
「このままだと俺は…死ぬかもしれない」
「い、嫌だ!そんなの絶対に、嫌だっ!」
「だったら…俺を救え」
「え?…どうやって?」
「おまえの魔力で、俺の傷を、治すんだ」
 スチュワートは自分の腹に突き刺さったナイフの取っ手を持ち、ゆっくりと抜き始めた。
 苦痛に呻きながらも、彼の手は怯まなかった。
 ナイフを取り出した傷跡から、大量の血飛沫があたりに舞った。

 …呼吸が止まった。マジで泣いている場合じゃない。
 このままではスチュワートは本当に死んでしまうかもしれない。
 そんなこと、絶対に嫌だ。
 おれは…この人を助けなきゃならない。この人の命を守らなきゃならない。
 その為だったら…おれは自分の命も惜しまない。
 
 スチュワートの血だらけの手が、おれの手首を掴んだ。
 途端におれの頭の中に、スチュワートの意思が流れ込んでいく。
 寝ているスチュワートは喋っては居ない。喋れる状態ではないことは、顔を見ていたらわかる。なのに、スチュワートの声が頭の中に、はっきりと聞こえるのだ。
『カルキ…そのまま指に意識を集中して、俺の腹の中に入れてくれ』
『そんな…スチュワート、ど、どうすればいい?』
『魔力で手術を行うんだ。傷ついた内臓の形成と治癒を同時にやる。俺が導くからおまえは俺を感じていろ』
『…わかった』
 
 おれは導くままに、スチュワートの腹の中で動き回る自分の意識を感じていた。
 身体が熱い。痛い…苦しい。感じているものが自分の身体なのかスチュワートの身体なのか…境界がなくなっていた。
 部屋に居た自分の身体は、いつのまにか違う空間へ飛んでいた。

 目を開けても暗闇で何も見えない。
 おれはスチュワートを必死で呼ぶ。だけど自分の声も何もかも聞こえない。
 怖い…恐ろしい…身体も心も闇に犯されていく。
 
 …真っ黒い空間にぽっと白いものが見えた。
 白い…小さな…手が見える。
 おれは必死でそれを掴もうとした。だが触れようとした瞬間、その手が真っ赤な血で染まっていく。
 おれは震えた。あまりの恐ろしさにその手を掴むのを躊躇った。

 助けて、スチュワート。どうすれば…いいんだよ。どうしていいのか、おれにはわからない。

『ひとりにしないで。誰もいなくならないで。誰も死んじゃ嫌だ…ネイト、ハリー、ママ…僕をひとりにしないで…』
 絶望に泣く子供の声が頭に響く。
 必死に伸ばした血塗れの手の声主なのだろうか…
 この子は…助けを欲しがっている。おれと同じようにひとりぼっちが怖くてたまらないんだ。
 この子を救わなくちゃ…

 おれはその子の手を両手で掴み、精一杯の力で引き寄せた。
 小さな子供の姿が少しずつ現れる。
 何も着ていない。裸の身体が白く輝く。
 亜麻色の髪がゆらゆらと波打つ。
 整った顔、鼻梁、赤い口唇。閉じた目がゆっくりと開き、深い緑色の瞳がおれを見つめた。

『カルキ…』
 おれの名を呼んだ。
 愛らしい顔で、声で呼んでくれた。
『おれのすべては、あなたのものです…マスター』
 子供の姿の彼におれは跪き、血塗れの手にキスをした。

『ガキと泣き虫は嫌いだ』
『え?』
 顔を上げてその子の顔を見た。

 いつの間にか小さな子供は、大人のスチュワートになっていた。

魔術師とマスター

「…キ。大丈夫か?」
 声が聞こえた。おれは目を開ける。目の前にはどこかで見た顔があった。
「あ……ブラッドリー…さん?」
「良かった…やっと気がついてくれた」
 おれは床に倒れていた。少し身体を起こしあたりを見回す。
 2、3人ものスーツ姿の男の人がうろついている。
 おれは自分の手を見た。赤い血糊がついたままだ。

「スチュワートは?」
 慌てて目の前の魔術師に聞いた。
「大丈夫。仲間が船に連れて行きました」
「傷は…スチュワートは助かったんですね」
「ええ、出血はかなり酷かったが、命に別状はありません。君が魔力を使って助けたのだと…スチュワートさまが言われました」
「…」
「本来なら…」
 ブラッドリーさんは渋い顔でおれを見た。

「スチュワートはすぐにでも私達魔術師を呼ぶことができた。あの方をお守りする為に、私達は常に彼の波動を感じているのです。それなのに…あの方が私達を呼んだのはつい先程だったのです。この意味がわかりますか?」
「…いえ、…すいません、わかりません」
 おれはブラッドリーさんが何を言いたいのか、さっぱりわからなかった。
 彼は一瞬おれを睨みつけ、そして呆れたように苦笑した。
「魔術師としてのプライドが傷ついたってことです。本当に…あの方にも困った者ですよ」
「…あの…」
 ブラッドリーさんはおれの身体を、軽々と抱き上げ、スチュワートが寝ていたベッドへ運んでくれた。
「大量の魔力を使った後です。まだしばらくは動けないでしょう。ゆっくり休みなさい。さあ、目を閉じて…そして、目が覚めたら、港へ来なさい…待っていますよ。魔術師カルキ・アムル…」

 疲れていたからだろうか…それともブラッドリーさんが魔法をかけたのだろうか…
 言葉が終わらない内に、おれはもう一度意識を失った。
 
 夢の中でスチュワートを見つけた。
 今度は暗闇ではなく、青い…海の渚に立っていた。

「あなたの傍に居ても…いいの?」
 スチュワートはただ黙っておれを見つめたまま…何も言わなかった。



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● COMMENT ●

スチュワートが暴漢に襲われて 返り討ちしたのね
スチュワートの命が危うい今 カルキが頑張らなくては~~アセ(。_。;)アセ

愛のパワーって 凄い!
魔術師カルキ・アルムの誕生をさせるなんて!
こちとら 最近は とんと愛のパワーが発動なしだから 羨ましい限りだぜっ(T∀T;)

カルキが、スチュワートを助ける中での 幼いスチュワートから聞こえた(読み取った?)名前の人たちの事が ちょっと気になります。
現在の怠惰で無関心なスチュワートに関係あり...?

でも今は 素直に 魔術師カルキの誕生を 喜んでおこうっと♪
☆Happyヾ(^∇^)ノBirthday☆...byebye☆

カルキとスチュワートが出会って、そんでここまでで三日間なんですよ~ww

描く方にとっては長い三日間でしたが、何とか終わりに近づいてまいりました。
あと二回で終わりたい…よお~(;´Д`)

カルちゃんの脳天気さが、神経質なスチュワートにはちょうどいいのでは~と、思いますね。
この「senso」の話の中では一番幸福なカップルかもしれませんね~

あとちょっと我慢して読んでくだされ~( ´・ω・`)_且~~


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