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2019-10

宿禰凛一 「密やかな恋の始まり」 6 - 2009.02.27 Fri

6.
 八月も半ばで、世の中お盆の帰省で街も少し閑散とした頃、俺は隣町の書店へ買い物に出向いた。
 
 二階の輸入書の写真コーナーで目的の本を探し出す。
 西欧を中心とした小さな教会ばかりのフォト集で、どうしても見たい建物があった。

 教会はゴシック建築の壮麗さが見ごたえのあるものだが、地方によって、建築方法も様式も変わってくる。キリスト教の教会と言っても宗派により独自の多様性に満ちたものになっていてそれぞれに面白いんだ。
 俺はロマネスク様式からゴシックに変わる境目のクリアストーリや内陣に興味があり、その諸々の時代の貴重な写真集を探していた。

 輸入書物なんて、人気のない場所だ。
 誰もいない静けさの中、ぱらぱらとページを捲っていると、後ろから「あっ」という声がした。
 振り向くと…なんと!水川青弥が目をぱちぱちしながら立っている。
「ミナ…川…何?おまえもここに用?」
「う、うん。え…と、…そ、その本…」
「これ?」俺は持っていた写真集を閉じて水川の目の前に差し出す。
「やっぱりこれだ…」
「おまえが探してたの?」
「うん。この写真家のフォト好きなんだよ」
「教会の写真だよ?」
「うん、でもなんか心象風景ぽいでしょう。彼の撮り方はいつも何かを観る者に感じさせるんだよね」
 おい、結構ロマンチストじゃないか。益々俺好み。

 待ち焦がれた物に再会するみたいに上気する水川を見て、いいアイデアが浮かんだ。
 思わず口端が上がる。
 この機を逃すバカなんているかよ。
 こういう運命的な接点は遺憾無く利用しなきゃならない。だろ?
「欲しい?」
「え?ああ…この本?」
「何と思ったよ」
「べ、別に…宿禰が先に見つけたんだから、おまえが買えばいい。おれは他で探すから」
 本を閉じ、俺に無理矢理押し付けて踵を返す水川の腕を俺は掴んだ。
 …細い…いや、俺もかわらんから人のことは言えねえんだが。
「待てよ。水川」
「…」
 掴んだ先を睨むから、慌てて離した。
 まだスキンシップは早かったか…
「これ譲るから、おまえが見た後、俺に見せてくれない」
「え?」
「ゆっくりでいいよ。待ってないから。どう?」
「でもそれじゃあ、宿禰に悪い」
「そう思うなら昼飯付き合ってよ。俺まだ食ってないんだ」
「…いいよ。おれも食べてない」
「じゃあ、決まりな」

 俺たちは駅の近くの店で膝を突き合わせてそう美味くもないファーストフードを食べた。
 お盆は実家に帰るのかとか、寮は楽しいのかとか様子を伺うが、水川は短い返事だけで、どうも会話が長続きしない。
 俺に視線を合わせようともしないし、このままじゃ埒が明かない。
「水川」
「なに?」
「俺の事、嫌い?」
「え?…嫌いじゃないよ」
「そう?俺、避けられてる気がする」
「そ、そんな事ない」
「じゃあ…友達にならない?」
 まずは友達からでいいだろ?
 俺の方は早急にでもそういう関係を望んでいないわけではないが、こいつはどうも経験は無いと見た。
 いきなり恋人として付き合ってくれと言っても戸惑うばかりだろう。
「と、友達って?」
「あの温室、俺達だけの秘密にしてさ、色んな話でもしねえかって思って」
「色んな?」
「例えば…この写真集の話とか…どう?」
「…いいけど」
「じゃあ決まりな。来週は…おまえ実家に帰るんだったな。じゃあその後、金曜の夕方、どうかな?」
「…いいけど」
「ミナから借りたタオルも返さなきゃな」
「み…な?」
「ごめん、嫌だった?」
「いや、いいけど」
「じゃあ、俺の事リンって呼んでよ」
「え?」
「凛一だからリンだよ。言ってみろよ」
「…り、ん」
「そう、ミナはいい奴だね」
「…なんかバカにされてる気がする。宿禰は…いつも誰にでもそうなのか?」
 お?それって俺に対する独占欲の兆し?面白い。確かめてやる。
「…」
「なに?」
「リンってゆえよ」
「…ばかばかしい。おれ帰る」
 その反応は計算済み。ミナの行動は案外わかりやすいかも。

「ミナ、約束忘れるなよ」
「…気が向いたらね」
「待ってる」と、片手を振る俺を、ミナは少し頬を赤くして俺を見つめ、そのまま階段を降りていく。
 ほら、ミナって呼ばれるのも嫌がってない。強い拒否も見当たらない。
 これはもしかしてもしかしたら脈あり?

 幸いなるかな この身を信じ 故に愛する者を知ること 光をもってその罪を許さんとす







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宿禰凛一編 「密やかな恋のはじまり」 7 - 2009.03.06 Fri

rinmina3
 
7.
 翌週の金曜の夕刻、俺はひとり温室で水川を待っていた。

 夏の夕刻は長く暑い。
 まだ日没までには程遠く、暑さに参った草木たちに水をやりながら、なんだか少しずつ不安になってきた。

 俺、すげえ独りよがりなバカやってんじゃないんだろうか…
 水川は俺の事なんて何も思っていなくて、ただ傍迷惑なだけで…
 …あいつからのアプローチなんて何ひとつもなかった。
 俺を見て赤くなったりしたのも只の人見知りだったのかも知れない。
 あれだけの顔と頭持ってりゃ、恋人のひとりやふたり居ないわけないじゃん。
 俺、すげえ浅はかなんじゃないのか。
 大体、ここに来てもう一時間以上経つのに来ないって事は…完璧に振られてるんじゃん。
 …帰ろう…
 なんかアホらしくなってきた。

 ジョーロを片付けて、カバンを掴んで帰ろうと扉に向かったその時、扉は先に開けられた。
 水川青弥が少し驚いた顔をして俺を見た。
「あ、来てたの…」
「来てたのじゃねえよ。俺、一時間も待って…もう来ないかと思ったから帰ろうとしてたんだよ」
「…ゴメン…時間とか言わなかったから。補習終わって一旦寮に帰って、これ、持ってきたんだ」
 水川はすまなそうに謝りながら、見覚えのある紙袋を差し出した。
「この間の?」
「うん、凄く良かったから宿禰にも早く見せたくて…」
「あ、りがとう…」
 受け取った紙袋からこの間の写真集を取り出す。

 パラパラと捲りながら、水川の真意が全く見えないことに、俺は高鳴る胸を押さえきれなかった。
 俺に見せる為に寮に取りに戻ったって?
 俺に早く見せたかったって?
 …それって俺に好意を持ってるって考えていいのか?
 それともただ友になりたいだけなのか?
 グルグルしていると、水川が「あ!」と小さく声を出した。
「え?」
「ほらコレ…」
 俺に近づいて手に持っている本を指差す。
 クセの無い髪が夕陽に変わる硝子の光に反射して薄茶に映えた。
 ドキリとする。
 なんだろ…
 すげえムラムラするなあ…
 今すぐにでも押し倒したい気分だ。
 …ったく。
 なんでこいつだけにこんな気分になるんだよ。

「…でね…ね、聞いてる?宿禰」
「あ?…悪い。聞いてなかった」
「…この本について語ろうって言ったの、おまえだろ?」
「ゴメン。今度良く見て読んで完全把握しておきますので、それまでお待ち下さい」
 変にかしこまって言うと、ミナはクスリと笑った。
 なんだ、そんな顔も出来るのか…じゃああの時はどんな色っぽい顔をするのだろう…などと善からぬ事を想像したり…

「あ、水あげてくれたんだ。ありがとう、宿禰」
 窓際のまだ小さいパキラの葉に溜まった水玉を撥ねながら言う水川の声は、とても静かだ。
 もっとこいつを知りたい…そう思った。

「ミナ」
「ん?」彼は振り向く。
 影になった顔が俺を見つめる。
「約束、守ってくれてありがとう。凄く…嬉しかったよ」
「…別に…俺が来たかったんだから…お礼なんかいらない…」
 そう言うと、天邪鬼の水川青弥は、俺に背中を向けて懸命に照れを隠していた。
 それが堪らなく可愛くて、俺は本当にこいつが欲しくて欲しくてたまんなくて、まるでクリスマスのプレゼントを欲しがるガキじゃないかと、自分を笑った。


 そうして、俺たちは暇を見つけては、温室で色んな話をしながらお互いの距離を縮めあった。
 俺は比較的どうでもいいくだらない話をし、水川は化学や数学の勉強を俺に教えたり。
 しかし、水川は自分の事はあまり話したがらなかった。
 家族の事や昔の友達の事や色々と。
 俺もあんまり自慢できるような過去じゃなかったから都合が良かったんだが。

 水川は、俺の話を好んで聞きたがった。
 俺は4年前に事故死した姉から色々と世界の神話や物語を子守唄がわりに聞かせてもらっていた。
 一般的には知られていないマニアックなそれらの話を面白おかしく話してやると、ミナは目を輝かせてそれを聞く。
 琥珀の宝石の輝きで俺を見る。
 普段は目を合わせるのさせ、嫌がる風なのに。

 俺はミナの好奇心だらけのそれが見たくて、まるで自分が作ったかのように言葉を紡ぎ出す。


 ねえ、ミナ、あの砂漠の向こうをご覧よ。あの尖塔だけ細い丸い筒のような建物の中には、千匹の赤竜が住んでいて、美しいお姫様を守っているんだ。そのお姫様を娶る為には、それらの竜をひとつ残らず倒さなければならないって話を、ある旅の僧が風の妖精から聞きだしてさ…

 すごい…千も居る赤竜なんて…壮観だね。

 バカ、壮観なものか。火を吹くんだぜ。近づく事さえ出来やしないって。

 でも、そのお坊さんは姫を助けるんだろう?

 そう簡単な話じゃないから面白いのさ

 本当?じゃあそれからどうなるのさ。

 それはね…


 まるで千夜一夜物語だ。
 シェーラザードにでもなった気分だ。
 じゃあ、ミナは俺のシャフリヤール王だな。
 他の誰にも現をぬかさぬ様、俺は語り続けなければならない。
 彼の心を射とめるまで…






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宿禰凛一編 「密やかな恋のはじまり」 8 - 2009.03.07 Sat

8.
 夏休みも終りつつある夕暮れ時、俺は水川と一緒に下校する。
 と、言ってもミナは寮に帰るんだから一緒に歩くのはたかだか5分程度。
 それでもカップルみたいな感覚で俺は嬉しかったりする。
「今度ミナの寮に遊びに行ってもいい?」
「え?」
「ミナの部屋とか…見てみたい」
「…なんで?」
 なんで?…と、言われたら答えようがない。
 単におまえのすべてが知りたいってゆうか…そういや俺こいつの携帯の番号すら知らないんだっけ。
「ミナ、おまえの携帯教えてよ」
「…携帯は寮にあるから…番号覚えてない」
「…」嘘付け。理系のおまえが、たかが8桁の番号を覚えないわけないじゃんか。
 俺はまだ全然信用されてないらしい。

「じゃあ、俺のアドレス教えるから、何かあったらメールでもなんでもしてよ」
「何か?」
「そう、何か…」
「宿禰は…誰にでもそういう風に…携帯の番号とか聞きだすのか?」
「誰とでもじゃねえよ。気に入った奴にしか教えねぇし…」
「…そう…なんだ」
「なあ俺、ミナから見たらそんなに信用ねえ人間に見える?」
「…わからない」
「今のところ俺、全然フリーだし、特定の好きな奴はミナだけなんだぜ」
「え?」
「好きな奴は水川だけって話」
「それって…何?友達として?」
「恋人にしたいって告白」
「そんな顔で言われても…益々信用ならない」
「生まれつきの顔だけどな」
「俺は…宿禰の事、そんな風に考えられないから」
「…わかってるよ」
「悪いけど…」
「…いいよ。それよりミナは、恋人居ないの?」
「いないよ。勉強が…大事だもん」
「…そうだな。国立エリートコースだもんな」
「…」
「気にしないでいいから。コレは友達として…ね」
 身近にあったボールペンで水川の右手を取り、素早く俺の携帯のアドレスを書いた。
 水川は怒らなかった。
 書かれた手の甲をじっと見つめていた。
「じゃあな、ミナ」
 手を振る俺にも返事をしないまま、水川は寮の玄関へ去って行く。

 俺といえば…
 結構ショックだった。
 ミナからのかなり不味い返事に少なからず落ち込んでいた。
 自信がなかったわけじゃないから尚更だ。
「俺結構もてるタイプだったのに…」
 まさに自信過剰気味の俺の鼻の先をへし折ってくれた様。それでも其の事で水川のことが少しも憎く思えないのは、本当に好きなんじゃないのかな…などと自問自答したり…

「どうした?凛。なんか学校であったのか?」
 夕食にありつきながら溜息を零すと、兄の慧一が少し心配そうに顔を覗いた。
「おまえが食べたいって言うから、蓮根のキンピラ作ったんだから、ちゃんと食べろよ」
「うん」
 両親は二日前にロンドンに帰った。新しく着任する場所が決まって、手続きに忙しいらしい。

「凛一。半月もしたら俺シカゴに戻るけど、そんなんじゃ、おまえひとりにしとくのはちょっと不安になってくるよ」
「…ごめん」
「…おまえも一緒に来るかい?」
「シカゴへ?」
「うん。慣れればいいところだよ。別におまえがこっちに居る必要はないんだから、俺と一緒に来てもいいんだよ、凛」
「…そういう手もあるね。でも…俺ちょっとまだ行けない」
「どうして?」
「好きな奴が出来たんだ」
「へえ~どんな男だ?」
「…ったくね~普通の家族なら、男って決め付けないもんだぜ」と、笑った。
「男子校で女子と付き合うにはナンパしかないだろ?家と学校の10分程度の往復しかしないおまえにどうやって女の子と知り合うチャンスがあるんだよ。それに…」
「なに?」
「おまえは綺麗すぎるよ」
「は?」
「付き合う女の子の方が嫌がる」
「…そういうもんかね」
「そういうもんだ」
「経験済みって感じ」
「俺も散々言われたよ。男にも女にも」
「慧は俺と違ってソツが無いもんな~」
「おまえには負けるがね。で、なんで元気が無いんだ。好きになったそいつにでも振られた?」
「…ビンゴ」
「そりゃいい。凛を振るなんて相当のツワモノだね。いい男か?」
「学年で一番頭が良くて、繊細で天邪鬼で…凄いかわいい…でも慧には見せない。取られるかもしれないから」
「馬鹿者、取るかよ。第一ガキには興味ない。まあ頑張れよ。一回振られたぐらいで諦めるなよ。こいつと思ったら続けるのも愛には違いないからな。まあ、ストーカーになってもらっちゃ困るけど」
「戒めありがたく受け取っておくよ」





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宿禰凛一編 「密やかな恋のはじまり」 9 - 2009.03.07 Sat

9.
 慧一といるのは心休まる。
 父親は外国で単身赴任、母親は早くに亡くなっていたから、8つ違いの姉、梓と9つ違いの兄、慧一が俺の親がわりだった。
 俺は小さい頃、夜中によく泣く子だったから、ふたりに挟まれて添い寝してもらっててさ。
 よく考えりゃかなりの甘ったれだったよ。
 大学が決まった慧一が家を離れることになった時、俺は大泣きした。本当に悲しかったから。
 慧一がゲイだと知っても俺も姉貴も偏見とか無かった。
 慧一は俺にとって綺麗で頭が良くて頼れる自慢の兄だから。
 兄貴が家を出た後、俺は姉とふたりで暮らした。
 梓は…一風変わった人で、彼女といると現実感のない世界に入り込んでいる気がした。

「凛は早く大人にならなきゃダメだよ」「なんで?」「凛は…綺麗だから色々苦労すると思うよ」「梓だって綺麗じゃん」「凛はね、ちょっと違う綺麗さだもん」「ふーん、俺にはわかんないけど」「だから変な人に騙されないように早く大人になって頂戴ね」「俺、大人になったら梓の騎士になって悪人から守ってやるよ」「ふふ…王子様の役は凛には不向きだね」「どうして?」「凛は…塔に閉じ込められたお姫様だもん」「え~ヤダよ。俺、男だし」「でも素敵な王子さまが助けに来るのよ?いいじゃない」「いやだよ。俺は戦って好きな子をものにしたいもの」「バカ…お姫様だって戦うのよ。好きな人の為に命がけで…」

 姉は寓話的な話を俺に読み聞かせた。俺の妄想好きは姉貴譲りだ。
 俺の骨格の大方の気質は姉貴によるものだと思う。姉貴は俺の師であり、恋人のような存在だった。
 だから…梓が車の事故で死んだ時、俺は…あまりに悲しくて苦しくて…死んでしまいたかった。
 慧一がいなければ、自殺していたかも知れない。

 俺は少なくとも慧一に二度は命を救ってもらっている。
 生きのびる気力と意味を教えてくれたのは慧一だ。
 彼を失ったら今の俺は生きてはいけないかもしれない。
 それでも、いつかは兄の手を離して、自分の足で歩いて行かなければならないことはわかっているつもりだ。


 夜中近くに俺の携帯のメールが鳴った。
 水川からだった。
 携帯番号と「今日はごめん。友達としてこれからもよろしく」と添えられた短いメールだった。
 …教えてもらわない方がよっぽどマシじゃないか…

 そして、俺はあの温室に行くのを止めた。


 新学期が始まっても俺は温室には行かなかった。
 理由はふたつある。
 自分の頭を冷やすのと、会わないことで水川が俺に対して何かアプローチを仕掛けてこないだろうかだとか…
 …まだどっかで期待しているなんて俺も大概諦めが悪い。

 たまに廊下で顔を合わせたりすると、一応俺は友達として手を振ったり、一言かけたりするが、水川は黙ったまま俺の顔を見るだけだった。
 ミナが何を考えているのか俺にはさっぱりだ。


 二日後にシカゴに帰る慧一の餞別を探しに一人街に出て、慧が気に入るようなセーターを買った。
 朝から何も食ってなかったので、昼飯でもと前に慧一と行った事がある洋食屋に向かった。
 お昼時より少し前だったのもあって混んではいなかったが、一人だったからカウンターに座り、ランチを頼む。
 何気に辺りを見回した時、柱の向こうに見たような服を目に留めた。
 よく見ると…慧一が店内の隅のテーブルに座っていた。
 なんだよ、兄貴もいたのかよ。やっぱり兄弟だよな。他に店は沢山あるのに同じ店に来るなんて。と、兄のところに向かった。

「慧も来てたの?丁度良かった。俺、奢ってもら…」
 テーブルに近づいた俺はギクリとした。
 カウンターからは見えていなかったが、慧一には連れがいたんだ。
「…こんなところを見られるとは…如何なる錯乱に掠められているのか…」と、眼鏡の奥が嗤った。

 キリストの言葉がよぎった。
 …汝が為すことを速やかに為せ…
 俺が命じてやる。
 …いっぺん死にやがれ!藤宮紫乃!



                            


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宿禰凛一編 「密やかな恋のはじまり」 10 - 2009.03.09 Mon

10.
 俺を見上げ薄笑いしている藤宮紫乃と、俺の慧一がいるのがひどく馬鹿げた構図に思えて、それと同時にどういうわけが腹も立ってくる。
「こんなところで家庭訪問かよ」
 どう聞いても敵意むき出しの言い方で俺は藤宮に吐いた。
「…三者面談でもって思ってね」
「本人抜きで?」
「…先にお兄さんに話があったんだ。丁度いい。座ったらどうだ。その…三者面談でも真面目にやろうか?」
「ふざけるなよ…おまえ」
 藤宮が口にする言葉のすべてが、どうしてこうもいちいち勘に触るのか自分でもわからない。
「凛一、いいから座れ。飯はまだなんだろ?」慧一が俺の腕を引っ張り隣に座るように促した。
 俺のランチが運ばれ、慧一が食うように進めるが、食欲なんてもんあるかよ。
 俺は人様以上に繊細に出来てんだよ。
 黙ったまま目の前の氷の入ったグラスを睨みつけていると、慧一がやっと事の真相を喋りだした。
「俺が向こうに帰ったらおまえが一人になるだろう?だから…藤宮先生に頼んでいたんだよ」
「…」
 人選間違いも甚だしいぜ。慧一、どこ見てこいつに俺を頼むんだよ。
 食後のコーヒーを飲みながら、 片手では一服している目の前の軽薄そうな男はどう見たっていかにもって話だろ。

「担任は当てにならないって凛一が言ってたから…誰かおまえを…守ってくれる人がいる方がいいと思ったんだよ」
 俺を守るって?慧一の方がおかしいんじゃないか?
 …待て。
 …藤宮…こいつの顔、どっかで見なかったか?
 …昔…どっかで…
「…だから、凛…あんまり先生に迷惑かけるんじゃないよ…」
 隣で話している慧一を無視して、立ち上がった俺はテーブルの向こうに座る藤宮の伊達眼鏡をすばやく外した。
 驚いた顔で藤宮は俺を見る。
「…そうだ、あんたの顔、思い出した…姉貴の…梓の葬式の時来てたよな。それと…前の俺ン宅の前をウロウロしていたのもあんただ」
「…」
「…梓の男?…違う…おまえ…」
「俺の大学の時の友人だよ」慧一が不貞腐れた顔で応えた。
「は?」
 …違う。慧、違うだろ…
 …その顔でわかったよ、俺…
「…友人…じゃなないだろう、慧…はっきり言えよ」
「流石は慧一の弟だけあるじゃないか。察しがいいな。そうだよ、俺と慧一は付き合っていた。恋人だった」
「…今は只の友人だよ」
「昔…ずっと前に言ってた別れた彼って…こいつの事だったのか?」
「…」
「慧…」
「そうだよ。でもその話は今度の相談とは関係ない。おまえの事を誰かに頼みたかったのは本当だ。紫乃が…藤宮がおまえの副担任って知って…おまえに黙っていたのは悪いと思ったけど、変に詮索されるのも嫌だったんだ。それで…」
「それで、こうやって学校以外で仲良く一緒に昼飯食ってるってわけ」
「…仲良くじゃないよ」
「そんなに突っ張って言うことじゃないだろう。…宿禰君は学校でもいい子にしているって言ってやってんだぜ?」
 嫌味たっぷりで言う藤宮はこの際無視することにした。返せば同時に手が出そうだったからな。

「いつから…いつから知ってたんだよ」俺は慧一の顔を見ながら言う。
「6月ごろだ」
 …三ヶ月も…俺に黙ったままで…俺を騙していたって事なのか。
「凛…悪かったよ。言おうとは思ったんだけど…おまえが元気そうに高校に行ってるから、余計な事を言うのは止めておいたんだ。ゴメン」
「そうか…家では慧一が学校ではこの先生が俺を心配して、変な事をしないか監視してたってわけ…」
「凛、そうじゃない」
「もういい。…俺のことで色々心配かけて悪かったな。俺はもう独りでもいいから、ほっておいてくれていいよ。あんたらに…かまって欲しくない」
「凛」
「悪いけど、俺先に帰るよ。慧、ここのランチは兄貴が奢ってよ…じゃあな!」
 もう慧一の顔も藤宮の顔も見ることはしなかった。
 俺は足早にその店から出て、駅に向かった。
 慧は追いかけてはこない。

 …これ以上自分が傷ついても仕方ない。
 誰が悪いわけでもないことぐらい俺にだってわかっている。
 ただ…どうしようもなく、寂しいんだ…独りには慣れたくないんだよ。

 慧…
 反則じゃないのか?俺に藤宮のことを黙っていたなんて。

 ダメだ。泣きそうだ。
 俺は立ち止まって空を見上げた。
 別に大したことじゃないから、全然平気なんだよ。そうだろう?姉貴…

 腰のポケットに入れた携帯を取り出す。
 まさかこういう気分で水川に電話するとは思わなかったけど、どうしてもミナの声が聞きたかった。
 携帯のアドレス帳を開いて水川青弥の名前を押した。
 よくよく考えればみっともない話だった。
 自分が寂しいから誰かに救いを求める。
 それも相手は振られた奴だぜ?どう考えてもおかしい。他にも友達はいる。この寂しさを紛らわす手段だって幾らでもあるはずだ。
 でも…今欲しいのは水川の声だと思ったんだ。
 呼び出し音が鳴り続け…温室にもさっぱり行かず、あれだけ無視され続けているのにこんな馬鹿馬鹿しいことしている事に気づけよ、凛一。と、思って携帯を仕舞おうと思った時、『もしもし…』と、ミナの声が俺の耳に届いた。
「…」
 それだけで何故か胸が苦しくなって…声にならなくなる。
『宿禰?…どうした?』
「なんでも…ない。ミナの声が聞きたくなっただけだよ。元気にしてる?」
『…うん…宿禰、なんかあったの?』
「なんも、無いよ。今なにしてんの?」
『寮でお昼食ってる』
「そう…」
『…うち来る?』
「え?」
『今日は休みであんまり寮生は居ないんだ。良かったら来ない?前におれの部屋、見たいって言ってただろ?』
「いいの?」
『…宿禰が…都合がいいんなら来なよ』
「…俺の都合はいつでも良いですよ。今から行くよ。ありがとう、ミナ」
『…別に…おれも暇だったんだ』
 そう言って携帯を先に切る水川が、なんだかおかしくて…
 おかしくて、涙が零れた。



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