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2019-10

Phantom Pain 6 - 2012.06.22 Fri

6、
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イールA

6、
 アーシュを抱きあげたまま、ヨキはアスタロトの自室へ向かった。
 アスタロトの居た部屋は、いつ戻るともしれない主の為に毎日清掃され、リネンも清潔に整えられていた。
 クナーアンの夜は早く、部屋の中は薄暗くひんやりとしていた。
 ヨキはアーシュをベッドの上に静かに寝かせて、枕元の小さなランプに火を熾した。
 眠り姫のように気持ちよく眠るアーシュの白い顔を、ヨキはしばらく見つめていた。
(髪は短くなられだけれど…全くお変りになっていらっしゃらない。何故こんなことになってしまったのか、私にはアスタロトさまの気持ちはわからないが、アスタロトさまが選ばれた道なら、受け入れる他はない。このお方はクナーアンの守り神なのだから。…本当に、ご無事にお帰りになられて良かった)
 
 ヨキはアーシュにアスタロトの寝衣を着せるため、見慣れない服を脱がせた。
 アーシュのジーンズに手を掛けた時、その白く輝く細い脚を見たヨキは思いもかけず欲情した。一瞬驚いたが、ヨキはそれを抑える理性を従えていた。
(神であるあなたに欲情するなど、神官としては失格かもしれませんね。でも昔からあなたはそうだった。無意識とはいえあなたの扇情的な魅力に惑わぬ者はいなかったのですから)
 ヨキはアーシュの身体に毛布をはおらせ、ランプの灯を消した。
 
 バルコニーへ続く扉を開け、夜空に輝く二つの三日月を仰ぎ、その遠い地平を見つめた。
「イールさま、聞こえていらっしゃいますか?…アスタロトさまがお戻りになられたのです。あなたの半身、永遠の恋人であるアスタロトさまが…早くお会いになってください」
 ヨキがイールの心情を想う時、大それたことだとは思うが、エンパシーを感じることがある。イールの悲しみは自分にそれに似ていると… 
 ただヨキにはアスタロトを想うだけであり、その恋を叶わせる資格はなかったのだ。

(アスタロトさまとイールさまの幸福を祈ることが、私の務めなのだ)
 ヨキは溜息を吐き、扉を少しだけ開けたままにし、寝室を後にした。

ヨキ


 ベルとメルはルシファーの案内で、簡素なしつらえの部屋へ通された。
 テーブルにはスープとパンとワインだけが用意されたが、どれもベルたちを満足させる味だった。
 ルシファーは腹ごしらえをするふたりに、ここへ来てからの自分の体験をできるだけ詳しく二人に話した。


 あの日、僕はアーシュの描いた魔方陣によって、時空へ飛ばされた。
 薄暗い虹色の中を物凄いスピードで移動していたのはわかっていたが、その後気を失ったらしく、目が覚めた時、僕はベッドで寝ていた。
 心配そうに僕を見守る目の前のふたりが、僕の両親だとすぐに理解した。
 アーシュと共有した「senso」で、彼らを見ていたからだ。
 栗毛で僕と同じ瞳の色をした優しそうな父、プラチナブロンドに青い目を真っ赤に泣き腫らし、僕の名前を呼び続ける母。
「お父さん、お母さん…ただいま」
 僕は嬉しかった。
 僕が待ち望んでいた場所へ帰ってこられたのだから。

 僕は家の裏の小川の河原で倒れていたらしく、僕が4歳の時に居なくなった場所と同じだったらしい。
 4歳までの記憶は戻らなかったけれど、両親の喜ぶ姿はこちらも戸惑うほどで、本当にありがたいと思ったんだ。
 萌黄色の家も目の前に広がる草原もアーシュと見た光景と同じで、僕は時折変な既視感に囚われてしまう。あたかも隣にアーシュがいるような気がしてならなかった。
「アーシュ、君のおかげで僕は今本物の両親に甘えているよ」
 優しい両親の愛を感じる度に、アーシュの事を思った。
 アーシュは親を知らない。でもアーシュも自分を産んだ親を知りたいと願っていた。
 僕に両親を与えてくれたアーシュ。
 今度は僕がアーシュの為に何かをしてあげる番じゃないのか…

 僕は旅立つ時にベルからもらった写真入りの封筒を出してみた。ベルの愛猫の写真だけではなく、僕らを写した写真も何枚か添えられていた。
 クラスの仲間と一緒に写したものから、三人のもの、アーシュとふたりだけの奴…アーシュがこちらを向いて笑っている写真。
「アーシュ…」
 こちらへ来て三か月が過ぎようとしていた。僕はどうやらホームシックに罹ったらしい。

 写真を見ている僕に父が近づき、手元の写真を覗き込む。
「ほお~、良くできた絵だね。まるで本物のようだ」
「写真っていうんだよ。実像を映し出す機械なんだ」
 クナーアンは僕らが住んでいた世界ほどには文明は進んでいなかった。
 だからカメラも写真も無かったんだ。
「みんな僕の友達なの。このふたりは特別な親友でね。…僕の大切な…愛する人なんだ」
「あれ?…この髪の黒い子。…この子どこかで見たような…。なあ、アニス。ちょっと見てくれないか?この少年、どこかの知り合いに居たかな?」
「ルシファーの居た世界に私たちの知り合いがいるはずないじゃありませんか。どれどれ、どの子ですか?」
「ほら、この子だよ」
 父は僕とアーシュが写った写真を母に見せた。
「…この子…眼鏡をかけているけれど…アスタロトさまによく似ていらしゃるわ。こちらの絵は…」
 母は驚きながらアーシュだけが写った写真を手に取った。その写真のアーシュは眼鏡を掛けてはいなかった。
「こ、これ、間違いないわ。この御姿はアスタロトさまよ」
「…アスタロトさまって…このクナーアンの神さまだよね」
「そうよ。イールさまとアスタロトさま、お二人の神々の恩恵を受けたクナーアンは、豊かな自然と暮らしを約束されている地なのよ」
 両親はそれほど信仰深いとも思えなかったが、毎週末、近くの教会へ通っていた。
 教会と言っても宗教的な色合いは少なく、土地の豊作を願い、謳い、そして近郊の人々との井戸端会議的なふれあいの場であるようだ。
 僕は両親から何度となく、このクナーアンには「イールとアスタロト」のふたりの神が存在するということは聞いていた。アスタロトはアーシュを思いだすが、神話の語源としてはそう別段珍らしいものではない。
 だからこの星のアスタロト神がアーシュと関係しているとは、想像もしなかった。

「この子は、僕の友人でアーシュという…人間だよ」
「でも、本当によく似ているわ。アスタロトさまの肖像画もたくさん見てきたけれど、私たちは神殿で本物のアスタロトさまを見たことがあるのよ。本当にこの絵のままなのよ、ねえ、あなた」
「うん、よく見れば…ああ、本当にアスタロトさまだ。髪が短いから若くみえるけれど…でもまさか、ルシファーの住んでいた異次元の地にアスタロトさまが居るはずもないだろうからねえ」
「…」
 僕は不思議でならなかった。
 確かにアーシュは「アスタロト・レヴィ・クレメント」の真の名を持ち、冗談交じりにでも、誰もが彼を「魔王アスタロト」と呼ぶ。
 その名はサマシティだけでなく、世に知られた稀代の魔術師の名前でもある。
 彼にふさわしいあだ名ではあるが、このクナーアンとアーシュに何か関係があるのだろうか。

 俺は本物のアスタロトの神様をこの目で見たくなった。
 幸いなことに神殿へは半日も歩けば行くことができる距離だ。
 俺は両親に神殿に行ってみたいと言うと、殊の外喜んだ両親は、よそ行きの服まで用意し、すぐに拝殿するように勧めた。
「私とアニスは、おまえが居なくなった後、何度も神殿にお参りに行ったんだよ。おまえの無事を祈ってね」
「イールさまはわざわざ私たちに力を落とさぬようにと言葉をくださったのよ。その美しさと言ったら…あら?そういえばあの時は、アスタロトさまの御姿は見かけなかったわ。ねえ、あなた」
「そうだったかな~。私にはいつもイールさまとご一緒されているアスタロトさまの御姿しか記憶にないのだが…」
「近頃、アスタロトさまの御姿をあまり観ないって噂があるのよ。もともと好奇心旺盛で冒険好きの神様で、色んな星へも遠出されるって言うから、きっとまたどこかへ出歩いていらっしゃるのだろうって言うんだけど…」
「神さまが、出歩くの?」
「そうよ、ルシファー。イールさまは慈悲と智慧をお与えになり、アスタロトさまは豊穣と戦さの勝利を約束されるの。でもアスタロトさまは人間と同じように、私たちの土地へおいでになっては色々お話になったり、一緒に働いたり、遊ばれたり…とても人間らしい神様として語られているのよ」
「へえ~」
 僕らの居た世界の神の概念とは大分違う神の存在。その神様に会えるかもしれないと、僕の胸は高鳴った。

 神殿は歴史で習った古代遺跡のような大理石で作られた美しい建造物だった。
 毎日決まった時間に神殿の扉は開けられ、参拝する人が押しかける。
 ふたりの神様の住むこの神殿に参拝する人の並びは、途絶えることがないという。
 
 僕が神殿に入った時も、多くの人々が長い時間をかけて祈りを捧げていた。
 中央に陣取った十二の階段を登った拝殿に飾られた壮麗な二つの黄金の椅子が、イールとアスタロトの玉座だ。
 その日、ふたりの神の姿は無かった。
 ふたりの神を拝見する日は季節ごとに決められている。
 僕は別棟の二人の神々の色々な絵姿が飾られている部屋へ向かった。
 クナーアンの大勢の絵師たちが描いたイールとアスタロトの絵画を見て、僕は驚いた。
 確かにアスタロトの絵姿は、アーシュそのものだったからだ。

 イールとアスタロトの神話が、彼らの年代順に飾られていた。
 勿論写真ではないから、大部分は絵師の想像画なのだろうが、ふたり仲よく遊ぶ子供の頃から、神々しく着飾った姿など、呆れるぐらいの膨大な数の絵画だった。そのどれもが描き手の神々への畏敬の念や温かさ、優しさ、喜びに溢れ、見ているとこちらまで満ち足りた気持ちに心が晴れ晴れとする。
 しかし、僕が一番気になったのは、アスタロトの特に子供の頃の姿だった。
 その姿はどうみても僕と一緒に育ったアーシュと同じ姿だった。
 そして、その脇に子供の頃に彼らを見守っていた世話人たちの肖像画も飾られていた。そのひとつの彼らの家庭教師であったセラノの顔は、「天の王」学園の学園長トゥエ・イェタルに瓜二つだった。
 また、イールとアスタロトに長年可愛がられていたという狼にも似た神獣の名は「セキレイ」と言った。
 僕は次第に事の真相に迫っているのではないかという考えに、胸のざわめきをかき消すことはできなかった。
 アーシュはこのクナーアンの神であるアスタロトと、何か密接な関係にあるのではないか。
 彼が僕を「セキレイ」と呼ぶのも、この神獣と無関係ではないのではないか。

asutaroto23.jpg

 随分な時間、僕は少年時代のふたりの絵画の前に留まっていたのだろう。神殿の若い神官が僕に話しかけてきた。
 その神官の名前はヨキと言った。
「若い方なのに随分熱心に見つめられているのですね。そんなにこの絵が気に入られましたか?」
「…はい、とても、気になります。すみませんが、このアスタロト…さまに会うことができますか?」
「拝謁の日は決まっているので、残念ながら今日は無理でしょう」
「…いつだったなら会えるのでしょうか?」
「拝謁の吉日は十日後になります。その時にまたおいでなさい」
「本当に?…アスタロト、さまは本当にいらっしゃるの?彼はもしかしてこの神殿には居ないのではないの?」
「そ、れは…そんなことはありませんよ。アスタロトさまは…いらっしゃいます」
 僕は隙を見て、その神官、ヨキの手を掴み、揺らいだ瞳を凝視した。
 魔力を使い、彼の思考を読んだのだ。

 思考の透視はその人が明確に考えていることをキャッチし、それが発端となり、心の奥へ奥へと掘り下げていく。これは相手が単純であるほど読みやすかった。
 単純というのは失礼かもしれない。
 その人の心が純粋に美しいほど、透視もまた見通しやすいというわけだ。
 僕は両親や近所の人たちと接しているうちに、このクナーアンの人々のほとんどが魔力を持たず、また純粋な精神の持ち主であることを知った。
 こちらが心の中を読みたくなくても、両親が僕に触れる度に、彼らの僕に対する真の愛情を感じてしまう。この惑星の住民たちは極めて単純で純粋な人種なのかもしれない。
 僕の見識はサマシティの学園内に限られているが、あの構内に単純な人間など皆無だった。
 魔力のないイルトでさえ、自分の思考を読まれないだけの精神力があった。
 アルトとなるともっと大変だ。
 魔法能力というのはそれだけで人に思考を読まれる危険性があるから、常に何重にも思考を重ね、読まれないようにガードの魔力で覆っている。
 それは僕たちに無意識に備わってしまったものでもあり、あの場所で生き抜くための、当たり前の防御だった。

 僕は神官ヨキの思考を一瞬のうちに体現した。
 やはりアスタロトは随分前からこの神殿から姿を消したまま、未だに戻っていない。そして、彼の記憶のアスタロトの姿は僕の知るアーシュと全く変わらなかった。
 僕はヨキの手を放し、丁寧に謝った。そして、持っていた写真を見せた。
 ヨキは写真を見て、驚愕し、言葉を失っていた。
「こ、れは…一体…どういうことなんだ…まさか…アスタロトさまなのか?そんなはずは…しかし、何故こんな御姿で…」
「僕はこのクナーアンではなく、アースという惑星に長い間住んでいました。これはその時一緒に過ごしていた大切な友人です。…どうかお願いします。イールさまに会わせて頂きませんか?僕も何故ここに僕の友人とそっくりな神がいるのかを知りたいのです」
 ヨキは訝るように長い時間、僕を見つめた。
 彼も随分と葛藤をしていたのだろう。
 長い沈黙の後、ヨキは僕にしばらく待つように言い渡し、神殿の奥へ走り去った。

 半刻後、僕はヨキに呼ばれ、長い廊下を歩き、イールとアスタロトの住む奥殿へ入った。
 その一室に案内された僕は、とても心細くなっていた。深く考えもせずに、アーシュの写真をみせてしまったけれど、本当にこれが正しい選択なのだろうかと、ひどく後悔し始めていたのだ。

 奥の扉が開き、クナーアンの二神のひとりであるイール神がゆっくりと姿を見せた。
 僕は神の実像を初めてこの目にしたのだ。
 イールは先ほど見た多くの絵画に比べようもないほどに、美しく輝ける存在であった。
 細身の長身で、透き通るほどの白皙の見事に整った容貌であり、年の頃は17、8ぐらいだろうか。いや、そう見えたとしてもイールが一千年以上も生き続けている神であることは僕にも理解していた。が、なんという瑞々しさに溢れているのだろう。人間離れした優れた造形と精神の煌きは、この神の創り手と伝えられる「天の皇尊」の恩恵の賜物なのだろう。
 歩く度に揺れる豊かな巻き毛の銀髪が、キラキラと窓からの光に輝いていた。
 僕を見る瞳は澄み切った空の色であり、露がこぼれた薔薇の花弁のような口唇が、少しだけ僕に微笑んだ気がした。
 肩から纏った金の織を施した薄く白いドーガを羽織り、イールは優雅な身のこなしでひとつ高い段に置かれた椅子に座った。

「名は、なんと言う?」
 イールの声音は涼風のように僕の耳に心地良かった。
「ル…ルシファーと言います。でもアーシュは僕を『セキレイ』と呼んでいました」
 僕の言葉にイールは少しだけ目を伏せ、「そうか…」と、呟いた。

 イールは段の下に椅子を設け、僕に座るように命じた。
 言われた通りに椅子に腰かけながら、僕は何から話していいのかわからなくなっていた。
 アーシュが本当にアスタロトと関係があるのだろうか。そんなことをいきなり聞くのは失礼だろうか。
 そもそもアーシュとアスタロトの間に本当に何か関係があるのだろうか…あの写真だけで決定されるものでもない。
「あの写真に写った者は、確かにアスタロトだよ」
「…え?」
 イールは僕の思考を一瞬のうちに読んでいた。
 神様だから特殊な能力は持っているだろうが、僕だって十分な能力者だ。そのガードをいとも簡単に破り、僕の問いに答えたイール神がとてつもなく恐ろしい存在に思えた。
 それに写真…この世界に写真は無いはずだ。
「写真もそれを写すカメラも神殿の宝物庫にはある。アスタロトは次元をさまよい、様々な星を訪れては気に入った珍しいものを持ち帰るのだよ。カメラもそのひとつだ。私は良く被写体にされたものだ」
「そう…ですか…」
 完全に白旗を上げるしかない。
 この御方は神であり、僕などが対等に話をできる御方ではないのだ。

「イールさま、教えてください。なぜ、アスタロト…さまは僕の知るアーシュなのでしょうか?」
「…何故、君と育った者がアスタロトなのか。すべてはあの男しか知る由もないな。だが…もし君が良ければ…アーシュと共に過ごした日々の話を聞かせてくれないだろうか、ルシファー。私もまた事の真相を知りたいひとりだ」
 イールの想いを読み取ることなど、僕にはできなかった。
 けれど、イールのアスタロトへの愛と、ここに居ない彼を想う寂しさと悲しみはわかる気がしていた。
 

イールさま

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Phantom Pain 7 - 2012.06.26 Tue

7
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7
 食事の皿はとうに片付けられていた。メルは空になったティーカップに何度目かのお茶を注ぎ込み、ベルはルシファーをただ黙って見守っている。
 ルシファーは一息付き、冷たくなった手前のお茶を一気に飲み干した。

「それから、僕は何度となくイールさまとお会いするようになり、神殿へ行く回数も増えて、神官やお世話をする方々と仲よくなってね。それで僕もここで働きたいって願い出て、今は修行中の見習い神官なんだ」
 ルシファーはベルに気まずそうに笑いかけた。
 「天の王」学園の生徒であり、三人で共に卒業しようと誓った日々を忘れていたわけではなかった。ルシファーは今の自分の姿をベルに責められている気がしたのだ。
 ベルはルシファーの気持ちを察したのだろう。そのことには触れず、トゥエ・イェタルから聞いたアスタロトがアーシュとして生まれ変わった経緯を説明した。
 ルシファーはベルの話を聞いても驚かなかった。
「やはりイールさまのおっしゃられたとおりだ。アーシュは…アスタロトさま自身の魔法によってアーシュとして転生したのだろうと言っておられたから…」
「それで?」
 それまで黙って話を聞いていたメルが、テーブルの向こうから口を開いた。
「それで君は、神様であられるイールさまに、君自身がアーシュの恋人だとちゃんと話したの?」
「…」
「イール神はアスタロト神の…アーシュの恋人ってことだろ?ルゥは言うなれば恋敵になるんだよね。キスもセックスも数えきれないほどアーシュとしたって言えた?ルゥだけじゃない。僕もベルも…愛人と親友と恋人、それぞれ立場は違っても、アーシュと愛しあったし、肉体関係もある。イールが僕たちを歓迎する立場ではないだろう。それとも神様は嫉妬みたいな俗な感情なんて持たないのかな~」
 ルシファーにとって最も触れられたくない部分を、よりにもよって嫌いなメルから責められるのは、不本意だった。
「イールさまは…僕が直接言わなくてもすべて知っておられるよ。だけど口にはなさらない。決して自分の感情で人間を不愉快にはされない御方だ。…僕はイールさまに申し訳なく感じている。イールさまの大事な恋人を奪ってしまったことを…」
「じゃあ、ルゥはアーシュをイール神に譲るってことだね」
「そ、んな簡単に決められるはずもないだろっ!僕だって…アーシュを愛している」
「だけどイールには勝てないってことだろ?」
「メル、それ以上ルゥを傷つけるのはよせ。ルゥはひとりで見知らぬ土地で誰にも相談できずに苦しんでいたんだ」
 ベルの言葉にメルは両手を軽く上げて、そっぽを向く。彼は自分がアウトサイダーであることを認識している。これ以上、彼らの複雑な感情に踏み込む気などないのだ。
「じゃあ、そろそろ休ませてくれないか?アーシュじゃないけど、僕も…ベルも殊の外魔力を使ったんでね、疲れてるんだ」
「わかった。客室はこちらだよ」
 三人は立ち上がり、ルシファーの案内でそれぞれの部屋に向かった。
 灯りのない廊下を出ると、外壁をぐるりと囲む回廊に出る。
 そこから見渡す夜景は、サマシティでは見たこともない幻想的な光景だった。
 小高い山に茂る闇色の森の形と、群青の空に天から落ちるように流れる銀河の星屑。天上には見事なまでの二つの三日月が湾曲した銀ナイフのように輝いている。
 カンテラを持ったルシファーが声をかけるまで ベルとメルは立ち止まって、その光景にしばらく見惚れていた。

 最初にメルを部屋に案内したルシファーは、着替えや手元用の灯りを説明し、ゆっくり休むように言い残し、部屋を去った。
 その隣の部屋に案内されたベルは少し話の続きをしたいからと、ルシファーを椅子に座らせ、自分はベッドへ腰かけた。

ルシファーlo

「ルゥ…さっきの話だけど…言いにくいのはわかるよ。でも大事なことだから聞いておきたい。君は…アーシュがこれからここで生きていくことに賛成するのか?」
「…」
「俺はイールっていう神様のことはよく知らない。そもそも今のアーシュにとって…アスタロトの過去なんて、関係があるのか?…アーシュは記憶にないイールよりは君のことを愛しているよ。今でも君のことを思い出さない日はないくらいに…」
「僕だって…でもね、ベル。僕はもう君とは違う世界に生きている。ね、この世界ってね、電気がないわけじゃないんだよ。でも僕らの世界みたいに自然を破壊して便利な文明を得る方法を選んでいない。各家が太陽光発電や風力発電だったり、火山の近い場所は地熱を使ってさ。それも僅かなもんさ。過度の文明は人を堕落させるんだって。それを選択し、人間に広めているのはイールとアスタロトなんだよ。アースと同じ大きさの惑星に、三億の人類が暮らしている。イールとアスタロトが作り始めた一千年という年月からすれば、順調なんだろうね。とにかく、僕らの考える神の概念が、全く違うんだ。どちらかというと専制君主的な王様業なんだろうけれど、彼らは特別な力を持っている。僕たちよりも遥かに強大な魔力だ。そしてアスタロトはこのハーラル系12の惑星の神々で一番強大な魔力を持つ神様なんだよ」
「…アーシュが?」
「そうだよ。まさにアーシュが…だよ。彼にできないことはないんだ。そのアスタロトが居なくなったこの星を、もう一人の半身であるイールさまが、この17年間支えている。僕はね…責任を感じてしまう。アーシュの恋人であったこと、独り占めをしていたこと。何も知らずアーシュにずっと甘えていたこと…」
「ルゥの責任じゃない。誰も君を責めるものか」
「…一千年以上…どれくらいの長い時間をふたりは共有し過ごしたんだろう…愛し合ってきたのだろう。それを思うと、僕はやりきれないよ。自分のアーシュへの想いなど、ちっぽけなものじゃなかったのかって…感じてしまうんだ」
「ルゥ…」
「クナーアンは、この星はイールとアスタロトのおかげで、平和に保たれている。彼らの存在がこの星の安定なんだよ。僕の故郷はこのクナーアンだ。もう自分だけの幸せを考えるなんてできないよ…。イールさまにはアスタロトさまが必要なんだ。僕はイールさまの幸せを祈らずにはいられない。だって…だって、アスタロトが自分を生まれ変わらせなければ、イールさまはひとりにならずに済んだんだから」
「そして、アーシュは生まれなかったわけだね」
「…」
 この矛盾はどうあがいても解決できようもなかった。アスタロトの気まぐれがなかったら、アーシュは存在していない。アーシュが存在しなかったらベルもルゥも出会うことなどなかったのだ。
 それを幸福と呼ぶのか、否かは簡単だった。
「俺はアーシュが存在してくれて良かったと思う。俺にとって大事なのは17歳、いや、もうすぐ18だったね。高慢で情にもろくてカリスマに満ちた俺たちの幼馴染みのアーシュだからね。俺は魔術師としての自分の未熟さを知っている。だけどアーシュに必要なのは魔力ではなく、彼を想う心だってことも知っているんだ。アーシュが俺たちと一緒に『天の王』に帰ることだけを…俺は信じている。それに…もしそれが適えられなかったとしても、俺はアーシュを、運命を恨んだりはしないよ」
「…君は…」
 ルシファーはベルを見た。
 この友人はなんと歪まない志を持ち続けているのだろう。
 三人の中で、一番早く大人になり、家庭の様々な問題を克服してきた。
 ベルが長年にわたり、密かな恋心をアーシュに持ち続けていることは、成長するにつれてルシファーも気づいていた。だがベルは己の想いなどおくびにも出さず、自分の恋心を隠して、ルシファーとアーシュの為に心を砕いてきたのだ。

「僕は自分が恥ずかしいよ。自分の利潤ばかりを考えている。…イールさまはね、忘れていた4歳までの僕の記憶を、魔力を使って取り戻してくれたんだ。4歳までの記憶なんて大した量じゃない。でも…イールさまは両親に愛された記憶は大事だとおっしゃって…それなのに、僕は自分だけが幸せに生きていることにちっとも感謝していない。僕は…アーシュがイールさまと会わなければいいとさえ…」
 ルシファーは今まで誰にも言えなかった胸の内を、誰かに吐き出してしまいたかった。それがベルであって良かったと心から思っていた。
 ルシファーの思いはクナーアンに住む者には許されないものであろう。イールとアスタロトが居てこそのクナーアンの未来なのだから。だが、ルシファーは心の底のどこかでアーシュをイールに渡したくないと…自分だけの恋人であって欲しいと願ってしまう。

「僕は悪党なんだ。良い子のふりをした下劣な人間さ。きっとイールはそんな僕を知っているよ。だけどイールはあざ笑ったりしない。同情はしてもね……僕はきっと彼には勝てないよ」
「ルゥ、俺も君を責めないし笑わない。誰だって自分が欲しいものを簡単に譲れるもんか。相手が神様でもアーシュを付き合った年数はこちらが長いんだからね。早々負けないさ」
「ベルは随分とポジティブになったね。能天気なアーシュに感化され過ぎだ」
「そうかもね。じゃないとあいつとは付き合いきれない」
 ふたりはやっと笑いあった。
 「おやすみ」の挨拶は、昔どおりに手を重ね軽いキスをした。そしてルシファーが部屋から出ていくと、ベルは重い身体をベッドに伸ばした。

 ルシファーを庇う為に、ああは言ったが、ベルはアーシュがここに来た目的がアスタロトとしての役目を果たす為だと知っている。それを適える為なら、アーシュはこのクナーアンとイールを選ぶに違いないと思った。
(アーシュの気性からすれば、彼は神としての役目を果たそうとするだろう。問題はイールがそれを許すかどうかだが…アーシュへの愛がいかほどか、見届けなければならないんだろうけれど…どっちにしてもルゥは辛い立場だなあ…)
「バカか、俺は」
 ベルは思わず吐き出した。
(ルゥに同情してる場合か。一番哀れなのは、この俺だ…)


 
 開け放った扉からそよぐ乾いた夜風が、銀の髪を撫でた。
 ベッドの端に立ったイールは、深い眠りを貪るアーシュの白い顔をじっと見つめていた。
 17年と十か月ぶりの再会だった。
 いや、再会ではない。目の前の彼はもうイールの知るアスタロトではない。
 イールの半身、永遠の恋人であったアスタロトが望んだ姿になった者だ。
 アスタロトは人間になることを望んだ。だが、この眠っている者が人間であるならば、その半身であるイールが何故死なない。
 惑星を統治する二人の神は一心同体であり、そのどちらかが死ねば、残りのひとりも必ず死ななければならないのだから。
 ならば、この者は神なのか?
 それもまた否だと言わなければならない。
 神は人間と交わることはない。
 この者は、人間の世界で多くの人間を愛し、幾多の人間と交りあったのだ。
(随分な苦渋を舐めさせてくれたものだ)
 イールにとって嫉妬は珍しいものではない。イールは常にアスタロトの心を揺さぶるすべてのものに嫉妬していたのだから。
 では、この横たわるアスタロトそのものの身体を持つ者は一体なんなのだ…
 イールでさえ、その答えを導かせずにいた。

 跪いたイールは眠ったままのアーシュの右手を手に取った。人差し指には青く輝く指輪がある。
 イールには紅玉の銀の指輪。アスタロトには青玉の金の指輪。
 十二歳の時に天の皇尊から頂いた祝福の贈り物だ。
 間違いなくこの者は、アスタロトなのだ。
 イールはその青い宝石にそっと口づけた。
 すべての記憶を思い出し、昔のように愛してくれと、願ったのだ

「アーシュ…アーシュ…私を、覚えて、いるか?」
 アーシュの唇に触れ、イールは呟く。
 重たげな瞼が僅かに揺れ、アーシュはゆっくりと目を開けた。
 二つの三日月の僅かな灯りだけでも、アーシュの瞳の中に、闇に輝く星の瞬きがイールには見えた。
「アーシュ…」
「…君は…だれ?」
 それだけを言うと、アーシュは息を吐き、瞼を閉じ、再び安らかな寝息を続けた。

(絶望的だな…)
 目を覚ます気がないアーシュを見て、イールは自分を嗤おうと口角を上げた。が、それも上手くいかず、胸を刺す鋭い痛みに息を止めるのだった。
(あの男が自らの魔力によって自分の記憶を捨てたのなら、私にその魔法を解けるはずもないのだ…)



アスタロト手

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This cruel world 1 

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Phantom Pain 8 - 2012.06.29 Fri

8
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イール上2
8、
 立ち上がったイールは、アーシュの寝顔をひとしきり見つめた後、袂から鞘の無い短剣をそっと取り出し、窓から差し込む月の光にかざした。
 銀色の光沢を帯びた切っ先は、まだ何も傷つけたことのない無垢さに輝いた。
 イールはもう何年も前から、不死の命を持つ神が命を絶つことのできる唯一の剣、ミセリコルデ(慈悲の剣)を手に入れていた。
 天の皇尊に頼み込んだ結果だったが、即ちそれは天の皇尊がイールの「死」を望んでいるようにも思えて、それを手にした時、イールは多少白ける思いがした。
 あれ程まで「慈悲の剣」を欲しがっていたアスタロトはこの場には居ず、「死」を否定していたイール自身がその「死」を請うことになるとは…


 約束の日にアスタロトは帰ってこなかった。
 今まで数えきれない程に放浪を繰り返したアスタロトだった。だが、どの次元に旅立っても、アスタロトはイールと約束した期日を破ったりはしなかった。
 帰ると言った日が翌日になるまで、イールは次元の扉の前でじっと待っていた。翌日もイールは微塵ともせずにただ待ち続けた。
 だが、自身の不安を神官たちに気どられることを怖れたイールは、その場を後にして、何もなかったように日常を送ることに心掛けた。

 五日、十日と経っても、アスタロトは帰るどころか、その気配すら感じることがなかった。
 何故、アスタロトが戻らないのか…
 イールには思い当たる節がない。
 アスタロトの身を案じようにも、その必要がないことは、イールには重々わかっていた。
 アスタロトがヘマをして、どこかの悪人に拘束されたり、酷い拷問を受けようが、あのアスタロトがそれを楽しむことはあっても、イールとの約束を違えてまでも彼らに同調する必要はないし、逆にどんな贅沢な接待や魅惑的な宝物を授けられようとも、アスタロトにとってイールの信頼ほど大切な宝物は無いはずだった。
 イールはアスタロトを絶対的に信頼していた。
 だが、アスタロトが帰らない事実だけが、イールを不安にさせた。
 もし、ありえぬことだったが…もし、何か事があり、アスタロトの命に危険を及ぼすものであるなら、その半身であり、どちらかが命を落としたら死ぬことになるはずのもう一方のイールに身に何かの予知があってもいいはずである。
 だが、イールの身体には違和感を感じるものは何一つ察知できなかったのだ。
(アーシュは無事だ。だが、戻らないとは一体どういうことだろう。退っ引きならない事態に囚われているとしか考えられないのだが…)

 ひと月経つとさすがに神殿に勤める者たちも何があったのだろうと不安な顔を見せ始めた。
 イールは彼らの不安をひとつずつ魔法で取り除かなければならなかった。
「アスタロトはいつもの放浪癖で色々と出回っているんだ。私が彼の代わりを務めることにするよ」
 神の仕事はすべてイールが担うことになった。
 季節ごとに行われる人々の拝謁には、アスタロトのホログラムを使い、アスタロトの不在を気づけないようにした。疑うことを知らぬクナーアンの人々は、ホログラムのアスタロトを有難く拝み続けている。

 拝殿の下でふたりの神を崇め、祈りと感謝の言葉を綴り、喜ぶクナーアンの住民たちをイールは複雑な思いで見つめていた。
 この惑星の住民たちに神の存在意義を変えることができるのだろうか。ただの概念としての神としてあり続けることが、この民衆の望んだものなのだろうか…
(確かにアーシュの言うとおり、クナーアンを組み立てる大まかな構築は済み、人々の生きる土壌は出来上がっている。神として何かを導く術は終わり、またそれを管理をする時期でもない。だが、概念のしての神が必要なら、その存在もまた価値があるものではないのだろうか。アーシュが言う別次元の世界が国の長を必要としているように、この国に住む者たちが、私たちを必要としているのなら…)
 イールは自分の考えが不毛に思えた。
(こんな風に考えているとしたらアーシュはきっとがっかりするだろうな…)
 今や神としての役目に飽いたアスタロトに、どう論じても説得はできないような気がしていた。
 
 クナーアンの住民にとって実在する神は必要だが、クナーアンに飽きた神(我々)は死ぬことを許されるべきだ。

(つまりは、そういうことなのだろう。…天の皇尊も酷なことをしてくれたものだ。いっそ感情などない神を産みだせば良かったものに…)
 イールは隣に座る温かみのないアスタロトのホログラムを睨んだ。
(アーシュ、一体どこに行ってしまったんだ。私を置いて、私をひとりにして…)

 季節が移り変わっても、アスタロトの姿はクナーアンには無かった。
 
 
 …終わりのない未来を恋しいと思うかい?

 あの最後の夜、涙を浮かべたアスタロトの言葉は、例えようもないほどに悲しく、絶望に喘いでいた。
 イールにはアーシュの望みを叶える力はなく、ただアスタロトの身体を抱きしめるしかできなかった。
 生き続けることの絶望など、誰がわかるものか。
 イールにさえ、アスタロトの本心を見通すことなどできなかったのに。

(私にはアーシュの本当の望みを与えることができなかった。もっとアーシュを癒す力があったなら、もっと彼を救う力があったなら。死を希うこともなかったかもしれないのに。私には一緒に死ぬことしか考えつかなかった。ああ、だが、こんなことになるのなら、あの時、アーシュと一緒に死んでしまえば良かったのだ…)

 神としての役目を終えたイールとアスタロトには、安らかな墓場が必要だったのかもしれない。

イール胸騒ぎ

 
 時が経つほどに、イールの悲しみは深くなった。
 帰ってこないアスタロトを、何度も探しに行こうと思ったが、それは果たされなかった。
 イールは望めば、次元への航法も適わぬはずはなかったのだが、イールの無意識がそれをできないものにした。
 イールは怖かったのだ。アスタロトの意志が。
 この状況で、アスタロトが死んだのではないのなら、アスタロトが故意にこれを望んだのであれば、アスタロトにとって、イールは必要ではなくなった…ことにならないだろうか。
 イールはぞっとした。アスタロトあってのイール自身だと信じていた。
 アスタロトがいなければ、イールは息をする意味などわからない。
 この身体すべては、アスタロトを抱き、愛撫し、彼と悦楽を分かち合う為のもの。
 この心はアスタロトを愛し、その苦しみを癒し、そして未来永劫共に生きる為のもの。
 それがひとりよがりの下らぬ夢だったとは、思いたくはなかった。

 アスタロトは帰ってこない。
 だがクナーアンの地上は豊かに実り続ける。
 すべてはアスタロトが旅立つ前に、大地に与えた豊穣の魔力によるものであった。
 恵みは永遠のものではない。だが、アスタロトは己のできうる力で豊穣の神としての役目を果たしきったのだ。
 それがまたイールを辛くさせた。
 アスタロトは初めから…決めてしまっていたのではないだろうかという疑念が浮かんだ。
 イールにさえ心を打ち明けず、神としての役割を果たし、アスタロトは自由への未来を選択したのではないだろうか。
 その未来にイールの姿など、アスタロトには映っていなかったのではないのか…

 秋の実りはイールを一層惨めにさせた。
 山間の色鮮やかさはアスタロトの豊かさの恩寵だ。人々の実りを祝う歓声も、神への感謝の声もイールの胸を抉るようだった。
 イールは自分の未熟さと、アスタロトへの憎悪を持つ自身を憎んだ。どうにもならぬ感情を誰にも見られぬよう、イールは自分の姿を隠すことに必死になった。
 そして、その後に来る冬が愛おしく思えた。
 人々の声は寒さに縮こまり、動物たちも温かい穴倉に眠る。
 イールは天上のヴィッラでひとり憂う日々が多くなった。
  
 時が過ぎていく中、イールのアスタロトへの想いは変わらぬものと変わったものの形を作っていく。
 即ち、アスタロトへの不変の愛と信頼、疑念と憎しみ…。

 独り寝の寂しさはイールを孤独以上の耐え難い渇望を与えた。
 恋しいあまりにアスタロトを想いながら、自分を慰める。
 イールは「senso」の魔力を使い、ふたりがたびたび辿ったあの空間へ向かった。
 あり得ないとはいえ、もしかしたら、アスタロトを見つけ出すことができるかもしれないという儚い一縷の望みを持っていたのは確かだった。
 深淵の空間に漂うふたりの楽園は、ただ独りで立つにはあまりにも静か過ぎた。
 青々と茂る薄荷草の草原も、イールの花だと名づけてくれた桜の木も枯渇した有様を晒し、アスタロトとイールの愛を欲しがる様に悲愴に喘いでいた。
 勿論、アスタロトの影など見当たりはしない。

i-ruhadaka


 イールは昏く静かな宇宙の岸辺に有る孤独の意味を問うた。
 果てしなく広がる銀河、その向こうに見える煌く星屑の渦には、それぞれの文明や生きる者たちが数え切れぬほどに有るだろう。それは希望であり、未来の煌きだった。
 だが、イールにはその光も未来も見えなかった。
 イールを生かせるものは、たったひとつ…アスタロトの愛でしかなかった。

 神殿に戻ったイールは、拝殿に登り、天の皇尊に奏上した。
 アスタロトがいなくなった事の仔細を打ち明け、ひとりでは生きていけないと訴えた。
 そして「死」が欲しいと願った。
 天の皇尊は姿こそ見せなかったが、イールの目の前に銀の短剣、ミセリコルデを置いた。
 イールはそれを手に取り、胸の前に切っ先を向けた。
「お待ちなさい、イール」
 控えていた天の皇尊の使いであるミグリが言葉を掛けなければ、イールは感情に任せ、躊躇なくミセリコルデを己の胸に突き刺していたかもしれない。
「おまえの死は、アスタロトの死でもあるということを忘れたのではなかろうな」
「それを承知しているからこそ、この運命にケジメをつけたいのです」
「おまえひとりの運命ではあるまい。どこかで生きているアスタロトの運命をも、イールは背負っているのか?」
「…」
「ひとりで待つ身の辛さを耐えかねるのもわかる。神は孤独だ。だからこそ、天の皇尊はひとつの惑星に番いの神をお与えになったのだからな」
「アーシュは…クナーアンを捨てたのです。クナーアンの神では無くなってしまったのです」
「では、新しい神を与えてもらうか?イール。おまえが欲しがれば、天の皇尊はおまえにふさわしい半身を産んで下さるかもしれない」
「…」
 ミグリの提案にイールは一笑し、首を振った。
「アーシュの代わりなどいらない。我が半身はアーシュだけだ。私の愛はアーシュだけのものだ」
「そうか…ならば待つしかないではないか、イール。…そうであろう?おまえの愛したアーシュなれば、必ずおまえの元へ戻ってこよう。それを信じることこそ、おまえの選ぶ運命ではないのか?」
「…私には、死を選ぶ権利はないのか?」
「いや、今がその時ではないということだけだ。いつかは…その時がくる。それは幸福な死でなくてはならぬ。おまえの為にも。おまえたちを創ったクナーアンの為にも…」
「クナーアンの…」
「そうだ。おまえたちはクナーアンの神なのだぞ。努々(ゆめゆめ)決して忘れるな」


 時が経つにつれ、神殿に勤める者たちも、アスタロトの不在に気づき始めた。イールはもう偽ることを止め、アスタロトが戻れない理由がわからぬこと、どこかに生きているということなどを説明し、戻ってくるその日を皆で待ち続けようと神官たちに話した。
 十分な説明ではなかったにしろ、イールを問い詰める神官はいなかった。誰の目からもイールの衰弱がわかるからだ。

 神官たちはひとり残されたイールの身を案じた。
 ひとりで生きる神など、ハーラル系には存在しない。
 イールの心細さと裏腹に、神官たちを気遣い、懸命に神としての役割を果たそうとする姿は、傍に仕える誰もが感銘を受けた。
 いつか帰るであろうアスタロトの留守を、イールと共に守らなければならないという一体感も生まれつつあった。
 イールの傍近く仕えていたヨキは、イールが唯一弱音を吐く相手だった。彼の苦しみを一番理解していたひとりであろう。
 他の者には言えぬアスタロトへの苦言を冗談交じりにふたりで分かち合うこともあった。大らかで、また細やかな心遣いが利くヨキの性格がイールにはありがたかった。
 だが、そうやって楽しんだ後に襲ってくる孤独は、イールを崖から突き落とすほどに残酷であった。 
 その度に、あのミセリコルデをキャビネットから取り出す。
(慈悲の剣とは良く言ったものだ。この剣の存在が私の拠り所になろうとは…)
 イールは短剣をそっと抱きしめた。
 鋼の無機物な冷たさは、イールの血を欲しがっているような気がした。

(そうだ。その気になれば私はいつでも死ねる。アーシュの命は私のものなのだ…)
 その捻じれた想いだけがイールの生きる気力であった事実は、誰も知らなかった。


 アスタロトが居なくなって14年が過ぎた頃、時は動き始めた。
 自室で休んでいるイールに、血相を変えたヨキが飛び込んできたのだ。
「どうしたんだい?ヨキ。また神殿に集まった民衆が争いでもしたのか?」
「ち、違います。イールさま。これを、これを見てください」
 目の前に出された紙切れが、アスタロトが次元から持ち帰った実物を写す機械、カメラを現像した写真であることはすぐに理解した。
 クナーアンには写真は存在しない。と、いうことはこの写真は別の世界からのものだ。
 さて、何が写っているのだろうか…と、イールはヨキから受け取った写真を目に映した。
「これは…」
 イールは息を呑んだ。
「アスタロトさま…ですよね。アスタロトさまの御姿ですよね、イールさま」
 興奮したヨキがアスタロトの名を何度も口にする。

(これが?…まさか、本当にアーシュなのか?)
 写真の中のアスタロトに似た眼鏡を掛けたまだ幼い少年がアスタロトであることを、イールはすぐには認めたくない思いで見つめていた。







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Phantom Pain 9  - 2012.07.04 Wed

9
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イール小鳥
 9、
「これは…この写真は誰のものだ?」
 目の前のヨキに尋ねながらも、イールは写真のアスタロトの姿から目を外せなかった。
「神殿の美術画廊で熱心に鑑賞していた少年です。アースという惑星に長い間、住んでいたそうです。アスタロトさまの友人…と、言っていました。…ああ、この子です」
 ヨキはイールが手にしていた写真を覗き込み、アスタロトの隣に写る白金色の髪をした少年を指差した。
 イールはその少年、ルシファーを食い入るように見つめた。
「…一体、どういうことなのでしょうか?何故、アスタロトさまがこんな御姿で、いらっしゃるのでしょうか?」
「…」
 ヨキの疑問は尤もであった。
 だが、イールは、写真に写るアスタロトを見て、逆に今までのすべての疑問の答えを得た気持ちでいた。

 イールは長い間、アスタロトが居なくなった仮定を何通りも考えていた。そのひとつに当てはまっただけのことだ。
(大方、アーシュは人間になる魔法を自らにかけたのだろう…)
 あれほどまでに、人間として死ぬことを請い、そのための魔術論を日々延々とイールに語って聞かせていたのだから、そのチャンスをアスタロトは心の内ではひたすらに待っていた。
 クナーアンの神、また惑星の統治者として、民衆の手前もありアスタロト自身、この地で人間になることはさすがに気が引けたのだろう。それに比べれば、アスタロトにとって惑星アースは、何の責任も負わない、人間として自由に生きていくことができる理想の地だったはずだ。
(だが、人間になる魔法術にはいくつかの難題があった)
 神である自身の身体をそのまま人間の形にするには、魔力をもってしても成り難い形成術だった。遺伝子レベルからの組み換えが必要になるからだ。
 だからもし人間になる魔術を執り行うことになれば、一度受精卵まで戻し、人間の遺伝子に組み替えて育てなければならない。しかし、その場合、脳に蓄積された情報を書き込んだまま、人間として成長できるかどうかはアスタロトにさえわからなかった。
(もし、アーシュが自らを人間の赤子として生まれ変わらせたのなら…その瞬間に記憶は消え去ってしまったのかもしれない)
 写真を見る限り、アスタロトの姿は13,4歳に見えた。
 あの日を境にアスタロトが人間の赤子として生まれ変わり、人間として育っているのなら、ちょうど良い塩梅だし、クナーアンに戻らない理由も合点がいく。
 
 イールはクナーアンでは見慣れぬ服を着た少年姿のアスタロトが、楽しそうに友人らと戯れている写真を見ているうちに段々と腹が立っていた。
(…あのバカ、一体こんなところで何をしているんだ。それともこれがおまえの夢に描いた世界だったわけか?)
 写真に写っている少年アーシュは多分アスタロトとしての記憶を持ってはいないだろう。よって、彼に罪はない。そんなことは百も承知の上でも、腹が立って仕方がない。
 しかもそれを誰にぶつけようもない有様で、そんな自身さえも腹立たしく、イールは傍らにいるヨキに気づかれないように口唇を噛んだ。

「イールさま、どういたしましょうか?」
「…アーシュの友人とかいう少年はまだ居るのか?」
「はい、神殿に待たせております」
「では会ってみよう。このままほっておくわけにもいくまい」
「わかりました。ではすぐに…」
「ヨキ、相手は少年だ。緊張もしていようから、十分に配慮をしておあげなさい」
「承知いたしました」

 部屋を出るヨキを確認したイールは、深いため息を吐いた。
(緊張しているのはこっちの方だ。…どう見えてもこの写真のアーシュとこの金髪の少年はただの友人関係ではない。…アーシュの奴、人間になって、己の煩悩に忠実になったのか。あの好奇心の強い、好き者の男の事だ。誰彼ともなく気に入った人間に欲情し、存分に楽しんでいるに違いない。…こうなると、こちらも相当な覚悟を強いられるな。何も知らない今までの方が、よっぽどマシだったのかもしれない。この少年から繰り出される話がどんなものなのか…私は恐ろしくてたまらないよ、アーシュ…)

 
 かくしてイールはルシファーとの会見に応じた。
 ルシファーの話によると、ルシファーはクナーアンで生まれ、4歳の時、突然アースの地へワープしてしまった。そこで出会ったのがアーシュという同い年の魔力を持つ少年だった。
 彼はアーシュと共に、サマシティの「天の王」という学園で成長した。
 サマシティは魔力を持った人間たちが多く集まり、その中でも「天の王」には未来の魔術師になるべく選りすぐりの子供たちがいた。
 アーシュは他の者とは比べ物にならない程、異常なまでに魔力が強く、その魔力によりルシファーを故郷から「天の王」へ連れ去ったことを知ったアーシュは、14歳の誕生日にルシファーを元の場所へ還らせる為に魔方陣を使い、ルシファーを無事このクナーアンへ戻らせたのだと説明した。

「おかげで今、僕は両親の元で幸せに暮らしています」
「何故、おまえは友人であるアーシュが、このクナーアンの神だと思ったのかね?」
「アーシュはアスタロト・レヴィ・クレメントという名前をもっていました。この名前はアースでは稀代の魔術師や魔王の伝説を持っているのです。だから、このクナーアンの神の名前がアスタロトと知っても、僕はアーシュがアスタロトとは思わなかった。でも両親が写真を見て、アスタロトさまに間違いないと言うんです。それで僕はそれを確かめる為にこの神殿に来ました。そして色々なアスタロト…さまの描かれた絵を見て…間違いないと思ったんです」
「アーシュがおまえを『セキレイ』と呼んだことも?」
「はい。長年おふたりに可愛がられていた神獣の名前を、アーシュが無意識に僕に付けたのだと感じました。それに…似ているんです。セラノというおふたりの家庭教師は、アーシュの育ての親のトゥエ・イェタルにそっくりなんです」
「セラノに似ている人間が、アースに居たのか?」
「トゥエは『天の王』学園の学長で、強い魔力を持った魔術師でもあります。そして赤子のアーシュを見つけ、拾ったのはトゥエだと、自らアーシュに聞かせていました。アーシュは…自分の生い立ちを気にしていました。自分の親が誰なのか、どうやって捨てられたのか…とても知りたがっていた。僕を両親の元へ還してくれたのも、本当は自分が両親に会いたいからだった。それなのに…アーシュがこのクナーアンの神だったなんて…」
「…アーシュを気の毒に思うか?幼かったおまえが両親と離れ離れになったのが彼の所為だとしても?」
「それは…」
 ルシファーは言葉に詰まった。

 どこまで細かくイールに喋っていいのか、戸惑ってしまったのだ。
 もし、この理由を素直に喋れば、イールは自分とアーシュとの関係を知ることになりはしないか…ルシファーはそれを怖れていた。
 このクナーアンではイールとアスタロトのふたりの神は、永遠の恋人でなければならない。
 その半身と(人間に生まれ変わり、記憶を失ったとはいえ)愛し合っていた…などと、イールを目の前にして、どうして言えよう。
 ルシファーはイールを目の当たりにした時から、その神々しい姿と明晰な認識力、慈悲深い精神に触れ、クナーアンの住民同様に傾倒しつつあった。イールを傷つけることは、アーシュを傷つけることより罪深く思えるのだ。
 アーシュを軽く扱うのではなく、その想いは逆であり、ルシファーにとってアーシュが何者であろうと、一番の気の置けない幼馴染みだったからであろう。
 
 イールはルシファーの心をすべて読んでいた。
 自分を神と崇め、他の民衆と同じように平伏すことを素直に受け入れていること。
 そのイールを傷つけまいと、アーシュとの関係を口にしないと心掛けていること。
 そしてアーシュに対する想いが本当の愛であること…

(いっそ毛嫌いできる憎らしい性格であれば、こちらもそれなりの仕返しができそうなものを。この子には、あどけなさと理知さが嫌味なく成立している。陽光に透ける薄い金の髪も穏やかな容貌もこの少年の美徳であろう。無垢であり、素直に育った可憐な人間だ。確かにアーシュが好みそうな子ではあるが…。…ったく、嫉妬の怒りに任せてこの少年をひと思いに殺してしまったら、いくらかは清々するだろうに。慈悲の神である私が手を下すことも適わない)
 ひとしきり呪われた心でそう呟いてみた後、イールはルシファーを憐れんでもみた。

(この子の身になれば、いささか気の毒にも思う。すべてはアーシュの身勝手によって運命を弄ばれているようなものだ。魔力を持たない人間の住むクナーアンで、なまじ魔力を持ったために、アーシュによって召喚され、彼の思惑通りに愛欲を享受されている。あの男はこの子の意志さえどうにでもできる魔力を司っている。己を好きになれと思い込ませることも簡単なことだ…ああ、だが、なんてうっとおしい話だ。アーシュの意志によって、この人間だけではなく、私までもがあの男の好きなように振り回され…それをすべて知ってのこの身の上…悔しいばかりか情けなさに心が張り裂けそうだ。ばかアーシュ、ばかアーシュ、ばかアーシュ、全部おまえの所為だ!)

「ルシファー、もし良かったらおまえの気が向く時に、神殿に来るがよい。その折に、またこうして私に、アーシュの色々な話を聞かせてくれないか?」
「は、はいっ!イールさま。喜んで!」
 喜色満面に感動するルシファーを眺め、イールは自分に呆れ果てていた。
(二度と会いたくないと思っているにも関わらず、「また話が聞きたい」など…一体私は何を言っているのだ。きっとアーシュなら、「真正のマゾか」と、せせら笑うのだろうなあ…まったくもって愚かすぎる…)

 部屋に戻ったイールは、疲労を感じていた。
(たかが人間の子と話をするだけなのに、神である私がこんなにも気疲れするとはな…)
 イールは机の上に置かれた三枚の写真に気がついた。ルシファーに返さなければならないものだったにも関わらず、気が回らなかったのだ。
 ヨキを呼びつけ、ルシファーに返すように命じても、今からならば十分間に合っただろう。だがイールはそれをしなかった。
 写真を何度も見返し、自身の複雑な想いに自問自答しながらも、最後にはアーシュへの愛に囚われていることに否応なく導かれることを、暗鬱に思いつつ喜びと感じているのだ。
 この二律背反したイールの神経疾患は、生きていく理由の拠り所でもある為、新しいアーシュの姿を見つめることはイールの生き甲斐になっていた。

 そして、ルシファーはひと月に一度、神殿へ通い、その都度、イールとの談話を楽しんだ。
 内容はルシファーの一方的な話であった。
 「天の王」学園でアーシュと暮らした日々を思い巡らしながらイールに話し聞かせることは、ホームシックに罹ったルシファーにとっても、例えようもないほど満ち足りた感覚を味わうのだった。

「アーシュはいつから目が悪くなったのだ?」と、イールは眼鏡を掛けている理由をルシファーに聞いた。
「目が悪いわけではなく、アーシュの美貌が他の者の嫉みや恨みを買うし、またその美に魅了されてしまうだろうと、学長のトゥエ・イェタルが心配して、赤子の時からアーシュに掛けさせているのだと聞きました。確かに眼鏡を外したアーシュを見つめ続けることは、難しい行為でした」と、ルシファーは何とも困った風に笑った。
「…そうか」
(果たしてそうなのか?そのトゥエ・イェタルという魔術師は、誰かにアーシュを奪われることを怖れたのではないのだろうか。眼鏡に術を掛け、誰彼をも惑溺させるアーシュの内なる力を抑え込んだのではないのか。この人間の願望は、アーシュへの欲望と独占欲だ。…だが、それは軽蔑には値しない。私も同類なのだから)

「僕もアーシュも孤児として育ちましたが、沢山の良い友人に恵まれて楽しかったんです。特にベルは僕とアーシュの親友でした。彼は年齢は同じですが、精神的には僕らよりもずっと大人で…僕もアーシュも彼の鷹揚な心の広さに救われました」
「写真に写っていた背の高い金髪の少年だね」
「そうです」
 またもやイールは、そのベルとアーシュの関係を知ってしまうことになった。
 イールにはルシファーの心を読むことができ、しかもその本質を繋げれば、アーシュとの関係が自ずと見出せるのだった。
 だとしても、アーシュへの想いと、アーシュとルシファーとの関係で打ち明けられぬ悩みを抱えているベルの心情を知っても、イールは全く同情する気にはならなかったのだが…

「アーシュは、気前よく誰とでも快楽を味わう人間に成り下がったのだね」
 イールは皮肉を込めてルシファーに言った。
 この言葉はルシファーを驚かせ、またイールの深い怒りを感じるには有り余るものだった。
 彼は慌てて弁解したが、理路整然とはいかず、むしろしどろもどろになってしまったのは当のルシファーさえも、アーシュの身持ちの悪さには腹が立っていたからであろう。

 
 イールはルシファーと引見する度に、ルシファーの心根を微笑ましくも羨ましくも思った。
 ルシファーはイールに対して、実直に余すことなく心を解放している。
 彼のアーシュへの想いは純粋である。その心にイールへの嫉妬が見えようとも、それは当然の感情であり、アーシュへの愛の証でもある。
(立場は違っても、この少年と私は、アーシュに魅入られ、嫉妬心を持って相手を見ているという点で同格だ。…誠に下らん感情ではあるがな)
 
 イール自身の憂鬱な自己嫌悪を再認識させられるルシファーとの毎度の引見は、この平穏で神の役目を執拗としないクナーアンの生活に飽きていたイールにとって、沈殿した諦観の運命を巻き上がらせる突風の如き感情であった。
 イールはルシファーの到来を、心躍る思いで待ち焦がれた。

 危険と絶望と隣り合わせであり、その行く先が鬱屈した感情であっても、進む道を闊歩する心地良さをイールは見逃したりはしたくなかった。



イール1

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イールたんの鬱々した想いはまだ続く…のか?((人д`o)
明日から小旅行のため、次回の更新は一週間後になります。



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Phantom Pain 10 - 2012.07.11 Wed

10.

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イール妖精3

10、

 ルシファーが月に一度、自宅から神殿に通うようになって半年が過ぎた。
 イールと語らい始めると時間を忘れることも多く、いつの間にか日が傾いている。片道半日の道のりとは言え、帰宅は夜中になる。だから、度々泊りになる事も多い。
 神殿の近くには参拝に来た人の為の宿泊所もあり、不便はない。翌日になり、家に帰り着くと両親は嬉しそうにルシファーを迎え入れる。
 両親にとってルシファーが神殿へ通うことは、何よりも喜ばしいらしく、突然異次元から帰ってきた息子の戸惑いを、クナーアンの神への信仰が救ってくれるのだと信じている。

 勿論ルシファーはイールとの対面やアーシュについてなど一切親には話さなかった。
 親を信じていないというより、これから起きるであろういざこざに彼らを巻き込みたくないという気持ちが強かった。
 ルシファーは何故自分がアーシュに呼ばれ、このクナーアンから連れ去られたのかを考えてみることがある。結局、ルシファーの魔力はクナーアンの世界には不似合いだったからではないだろうか…。
 この世界で魔力を持つ人間がルシファーだけだとは限らないが、ここで生きていく限り、つまりイールとアスタロトの神々により守られている限り、魔力などは不必要なのではないだろうか。
 (だが今やクナーアンの神はイールただひとりだ。もうひとりの神、アーシュは、いつかはこの世界に帰ってくるだろう。その時、この世界が今のように平穏なままでいられるのだろうか。
 それとも…自分の力はこの世界ではなく、サマシティの為に使う為のものなのだろうか…)
 ルシファーは悩んだ。
 傍らで自分を見守る両親の為にも、魔力やアーシュに関することは決して口にすまいと誓った。
 彼らにはクナーアンの民として穏やかな日常を過ごして欲しかったのだ。
 

「イールさまは、アーシュをこのクナーアンに戻らせることを望まれませんか?」
 クナーアンに戻って一年ほど経った頃、ルシファーはイールに尋ねたかったことを打ち明けた。
 アーシュはルシファーが心の底から自分を求めれば(魔力を使って)、必ず迎えに来ると誓ってくれた。
 アーシュと離れて一年経ったルシファーの恋しさもあるが、何よりアーシュへの想いを募らすイールにルシファーは同情した。
 ルシファーは心からイールの為に何かをしてやりたいと願っていた。
 それまでのルシファーの「神」への概念は、見る事も手に触れる事もない想像上のモノでしかありえなかった。だが、彼と共に生きた恋人のアーシュはクナーアンの「神」だったのだ。
 そして目の前のイールはアーシュと一千年以上も共に寄り添い、このクナーアンを支えてきた神である。その事実を変えることなどできない。
 まだ15年しか生きていない少年ルシファーには、まばゆく輝く神(イール)は崇拝せずにはいられない対象であった。
 イールの神秘的な美しさや気高い御姿は存分にルシファーを惹きつけたし、接する回数が増すごとに、イールの抒情的な穏やかさや人を想う繊細な心配り、そして時折見せる透明なガラス細工のような儚さを持った表情に、たとえ神であり、恋のライバルであろうと、イールを支えてやらなければならないと心から思った。
 それ故、もしイールがアーシュを望めば、サマシティから彼を呼び寄せ、自分が身を引いてイールが幸せになるのならそれも致し方ないとさえ自身に言い聞かせてきた。

「アーシュが戻れば、イールさまも安心なさるでしょう?」
「それはルシファーの願いだね」
「いえ…」
 イールの言葉にルシファーはあわてて俯いた。時折イールは意地悪なことを言ってルシファーをからかう。なんだかそれがアーシュの言い草にも似て、ルシファーは妙に快い。

「アーシュに会いに行こうと思えば、私にもそのアースと言う惑星に行く力はあるのだよ。場所もルシファーが示してくれたのだからね。でもね…それを私はしたくないのだ」
「何故でしょうか?」
「アーシュが選んだことだからだよ」
「…」
「アースへ行ってしまったことも、記憶を失い人間として生まれ変わったのも、今15歳の少年として生きていることも、全部アーシュが望んだものだ…と、私には思えるのだ。それを私の勝手でクナーアンに連れ帰るわけにはいかない」
「イールさま」
「会うだけでもと思ったこともあるが…記憶を失ったアーシュに私の想いを責めたてても…可哀想だからね…」
 そう呟くイールが誰よりも悲愴に暮れ、今にも泣きそうな顔をしているのだと、自覚しているのだろうか…
 だが、この高貴な神は人間の同情など望んではいないだろうと、ルシファーは感じていた。

 二年後、ルシファーは神殿で働くことを希望した。
 彼の学力と知識はクナーアンの学校のレベルとは比較にならず、今更同学年と机を並べる必要はなかった。ルシファーは両親の許可をもらい、神殿での神官見習いとしてイールに仕えることになった。
 イール神近くに仕える神官見習いになったルシファーに対し、神官たちの多くは良い顔をしなかった。ルシファーがアスタロトの友人だと知る上位神官たちは猶更だった。
 神に直接仕える者は、神官の中でもほんの一握りであったし、誰もが望んでやまない職位だったからだ。
 ルシファーは、神官たちの嫉妬や羨望の目に晒されながらも、決して奢ることなく、真摯に務めることを旨とした。
 そして時が経つに連れ、灰汁(あく)のない素直な、誰が見ても好感のもてるルシファーは、いつの間にか神官たちの信頼を勝ち得ていたのだった。


 神殿で働きたいというルシファーの意思を、イールはヨキから聞いた。
 毎月のように対面しているにも関わらず、ルシファーはイールを充てにはせず、正規のルートで応募したのだ。
 ヨキから聞いた時、イールはルシファーの慎ましい行動に好感を持った。そして彼を自分の傍で仕えるように命じた。
 多くの難しい感情をルシファーに感じてはいても、彼はイールの思いと共有できる貴重な人間であろう。そして、彼が傍にいれば、アーシュの出現も早いかもしれない…と、イールは考えたのだった。
 この打算的な考えをイールは神らしからぬものだと自身を嗤ったが、今までもアーシュに関しては神の役目などどうでも良くなるほどに感情的であり、またアーシュへの欲望に忠実であったため、イールに戸惑いはなかった。
 ルシファーと言えば、イールの傍近く仕える使命によほど感銘を受けたのか、懸命にイールの為に精魂を尽くした。

「ルシファーはいい子ですね」
 寝衣の着替えを手伝うヨキが言う。
「彼は…ヨキに似ているところがあるね」
「私はあんなに素直で良い子じゃありませんでしたから」
「そうだったね。…幼い頃はなかなか心を開かず、アーシュもどうしたものかと頭を抱えていたよ。ヨキには決して見せなかったがね」
「神様を困らせてしまって、本当に申し訳ありませんでした」
「アーシュは神としてではなく、愛する者として君を守りたかっただけだ。…私も同じだよ、ヨキ。頼りになる神官になってくれて本当にうれしいよ」
「…私の願いは、一生涯イールさまとアスタロトさまにお仕えすることです」
 感極まり涙を浮かべながら低頭するヨキに、イールはふと質問したくなった。
 君は自分とアーシュとどちらにより心から仕えるのかと。
 ヨキは「同じだけの心を砕いてイールさまとアスタロトさまにお仕えいたします」と、答えるだろう。
 だがヨキの本心は違う。
 彼のいちばん深い心には、常にアスタロトへの深い想いがある。彼は無意識にアスタロトを愛しているのだ。それは「欲望」とも呼ぶ。
 だが、ヨキがいくらアスタロトに恋し、欲望を抱いても、人間である限り彼はその想いを果たすことなどできないのだ。
(アーシュは私だけのもの。どれほどの人間がアーシュに恋い焦がれようと、あらゆる恋心も絶対に適わぬ。アーシュの身体も心もすべて私にしか繋がることはない…)
 それはクナーアンの神である恋人たちの真実の姿だった。

 だが、今、このベッドに横たわるアーシュは、もうイールだけのものではなくなっていた。
 生まれ変わったアーシュは、イール以外の者たちと恋をし、身体を繋げ、それを楽しんで生きてきたのだ。それを笑って許せるほどアーシュへの愛が緩んでいたなら、イールにも救いがある。だが、イールには耐えられなかった。
 イールの存在も知らぬまま、このクナーアンに舞い戻った半身を許せるはずもなかった。
 このアーシュの現実の姿に、今まで耐えていたイールの矜りは悉く打ち砕かれたのだ。

 イールは銀に輝く月にかざした短剣の切っ先を、眠るアーシュの胸の上に立てた。
「アーシュ、これが、おまえが心から欲しがっていたミセリコルデ(慈悲の剣)だ。おまえがあれほど望んだ『死』がこの短剣で適うのだよ…私はもうとっくにおまえと死ぬ覚悟はできている。さあ、ふたり一緒に消えてしまおうか…」
 ミセリコルデを両手で握りしめ、アーシュの胸を貫こうとイールは振りかぶった。
 そのまま力いっぱい両手を下せば、アーシュとイールの身体は忽ちに砕け散り、この寝室の空中に金砂となって舞い上がるだろう。
 悔いはない。
 イールだけのアーシュをこれ以上誰にも触れさせることはなくなるのだから…



 イールの両手は振りかぶったまま、じっと動かなかった。
 下ろそうとした瞬間、イールは眠るアーシュの顔を見てしまったのだ。
 安らかに眠るアーシュを…

 イールは涙した。
(…初めからわかっていた。私にアーシュを傷つけることなど…できるはずもない。私にできるのは、ただおまえを愛することだけなのだ…)


イール窓

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This cruel world 1 



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