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2019-10

野ばら - 2013.01.22 Tue

「野ばら」

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千葉啓介23


野ばら

まだ春遠い冬の一夜のお話。


いつもなら積もるほどの雪なんて降ることもないのに、今年に限って何故か車が動けない程降り積もって…
引っ越しの予定が一週間伸びてしまった。

狭い部屋が積み重ねた段ボールで益々狭くなり、比較的でかい図体の俺には、居心地が良いわけないけれど、引っ越しが伸びた所為で、梱包したコタツをまた出して、ほっこり温まる。
うん、悪くない。
そう思ってコクリコクリと眠り始めた時、玄関のチャイムが鳴った。

眠いのと、あったかいコタツから出たくなくて、しばらく様子を見ていたが、鳴りやみそうもないので立ち上がり、狭い廊下を歩き、狭い玄関に立ち、ドアを開けた。

「こんにちは!…じゃなかったこんばんは!」
目の前には誰もいない。いや、目線を下げたら見知らぬ子供が俺を見上げていた。
5つか…6つくらいだろうか…
近所の子だろうか…
近所付き合いには自信があったはずの俺だが、見たことのない子供だ。
自分の家と間違ったのなら、俺の顔を見ればあわてるはずだろうが、そんな素振りはなく、その子はにこにこしながら俺の顔をじっと見ている。
「あ、の…なにか用事かな?」
少し屈んで優しく訪ねてみた。耳当てのある赤い毛糸の帽子が懐かしい。
俺も小さい頃は、こんな帽子を被っていたものだ。

「ねえ、寒いからおうちに入れてくれる?」
真っ赤な頬と白い息を見て、無下に断れるはずもなく、俺はその見知らぬ子を狭い我が家へ招いた。
その子は躊躇いもせずにブーツを脱ぎ、「さむ~い」と連呼しながら、早足に廊下を歩き、リビングのコタツに素早く潜り込んだ。
「うわ、あったか~い、きもちい~い」
無邪気な声に、俺の警戒心も薄れる。
「何か飲むかい?ココア…と、ダンボールに片してしまった…」
「箱、たくさんあるねえ~」
「引っ越しするんだ」
「おひっこし?」
「うん」

なにかお菓子でもないものかと辺りを探すが、こんな時に限って何もない。
「ごめん、なにもないみたい」
「プリン食べたい」
「プリン?」
「うん。ボク、プリン好きなんだ」
「…」

近くのコンビニに行けば望みは叶うけれど、この子を置いて出かけるのも、一抹の不安が残る。
「ねえ、プリンがいい」
「今はうちにはないんだ」
「あるよ、冷蔵庫にきっとあるよ」
「…」

仕方がない。一応冷蔵庫を覗いて、無かったことをこの子に確認させ、それでも強請られたら、ひとっ走りコンビニまで行ってこよう。
もう雪も降ってないし、走れば五分で戻れるし…
そう思って冷蔵庫を開けてみると…あった。プリン。
しかもふたつ…

…そっか…昨晩、一緒に食べようって紫乃が買ってきてくれたんだっけ…
今日も仕事が終わったら来てくれるって言ってたけど…
ひとつ、この子に食べさせても許してくれるよね。

「あったよ、プリン」
「わあ、良かった~」
プラスティックのさじと一緒にプリンを差し出した。
「あれ?これぷっちんってするやつじゃないね」
「そうだね。これはもう少し高級な…ちょっと大人なプリンだね。クリームブリュレって言うんだよ」
「…うん、上のところがカリカリしてて中がふわふわだあ~。ぷっちんよりもおいしいかも~」
「そう、良かったよ」
「本当はね、おかあさんの作ったプリンが一番好きなんだ。でもお仕事いそがしいから、わがまま言っちゃだめなの」
「そう…なんだ」

昔を思い出すな。
俺も同じだった。
共働きで自営業を営んでいる両親の姿は、子供の俺から見ても忙しそうで、我儘を押し通すことはなかなかできなかった。
でも俺には姉貴が居てくれたから、さみしい思いをせずに済んだんだ。

「おいしかった、ごちそうさまでした」
「おそまつさまでした」
「…おにいさん?」
言いにくそうだったから「俺は千葉啓介って言うんだよ。啓介って呼んでいいよ」と、進めた。
「…啓くんは、どこにおひっこしするの?」
「…」

すぐに答えられなかったのは、俺自身の気まずさがあるからだろうか。
この春、無事大学を卒業することになり、そして希望の「聖ヨハネ学院高等学校」の教員として就職することになった。
付き合っている恋人の藤宮紫乃は、もともとヨハネの教員で、俺の教育実習の指導教員だった。俺は彼に一目惚れをし、そして俺の想いを紫乃は受け取ってくれた。

ヨハネの教員になって、紫乃と一緒に机を並べて、仕事もプライベートもいちゃいちゃしたい!ってのが俺の願望で、その為に一生懸命に勉強して、採用試験に合格したんだ。
ふたりで話し合って、この横浜のアパートから、紫乃の住む鎌倉のマンションに引っ越して、一緒に住むことに決めた。
憧れの同棲生活だ。
でも…まだ両親にはカミングアウトしていない。
姉ちゃんには俺がゲイだってことも、紫乃の事も打ち明けてて、力になるって言ってくれているけれど…
親の…特に母親の顔を見たら、なかなか男が好きで一緒に生活します、とは面と向かって言えないものだ。
まあ、こうなると札幌に居る親たちと距離があるのが救いなんだけれど。

「啓くんは好きな人いるの?」
「え?あ…うん、いるよ。とっても大事な…死ぬまでずっと一緒に居たいって思う人…紫乃って言うんだよ」
「ふうん」
俺、何言っているんだろ。こんな見知らぬ子供に。
親に告白できない代わりをしているのだろうか…
俺は紫乃の良いところを、この見ず知らずの子供に話し聞かせていた。子供はニコニコと面白そうに聞いている。

「じゃあ、啓くんはしあわせなんだね」
「…うん。…ああ、とっても、とても幸せなんだよ」
「良かったね、啓くん」
「あ、ありがと…え~と、ボクの名前聞いてなかったね」
「たぁくんって呼んでね」
「…たぁくん」
「うん。じゃあ、ボク、そろそろ帰るね。おかあさんが心配してるから」
「う…ん」

こたつから勢いよく立ち上がったその子は、脱いだ帽子とコートを羽織り、足早に玄関に走っていく。
俺は追いかけながら「そこまで送って行こうか」と。声を掛けた。
「大丈夫。来た道はちゃんと覚えているから」
慣れた手つきでブーツを履き、立ち上がるとくるりと俺の方を向き「啓くん、プリンおいしかったよ」と、笑った。
「クリームブリュレだよ」
「そうだったね、クリームブ…りゅれ、ふふ…」と、恥ずかしそうに笑う。

「じゃあ、ばいばい。啓くん」
玄関の戸を開け、手を振るその子に俺は聞いた。
「ねえ、たぁくん…君は、しあわせかい?」
その子は少し驚いた顔をして、そして屈託ない笑顔を見せた。
「うん、とってもしあわせだよ。だから心配しないで、ね」
「…」
「ばいばい、啓くん。紫乃って人とずっとなかよくね」
「ありがとう…ばいばい」

アパートの外廊下を走り、階段を降りる姿を見送り、俺はすぐさま携帯から母親へ電話をする。
『あら、啓介。珍しい。どうしたの?』
「母さん、驚かないで聞いてくれ。今ね…俺、公孝(きみたか)兄さんに会ったよ」
『…』
「確か…今日が命日だったよね」
『…そうよ。今日が23回忌だったの』
やっぱり…そうだったのか…

「…兄さん、俺のことが心配で来たのかな」
『そうね、啓介のことは、啓くん啓くんってそりゃあこちらが引くぐらいに、ものすごく可愛がっていたから』
「小さい頃、俺がしていた赤い毛糸の帽子、母さんが兄さんに編んであげたんでしょ?」
『…うん…たぁくんに。いつも忙しくしてて、あなたのことも公孝と小緒里にまかせっきりで…』
小緒里(さおり)姉さんと公孝兄さんは二卵性双生児だった。
六歳の時、バイクに跳ねられ、公孝兄さんは亡くなっていた。
俺はまだ二歳だったから、兄さんのことはほとんど覚えていない。
仏壇に飾られた小さな写真の兄さんしか…

『今もね、あの子がプリンが好きだったから、仏様にお供えしていたのよ』
「そう…でもね、母さん。兄さんは俺んちのプリンを食べて行ってくれたよ。おいしそうにさ。でもおかあさんの作ったプリンが一番美味しいってさ」
『…』
しばらくの沈黙の後、電話の向こうで、母の嗚咽が聞こえた。

「ねえ、母さん。兄さんね、向こうで幸せだから、心配するなって、笑っていたよ」
そして俺は公孝兄さんと話した一部始終を、詳しく母親に話し聞かせた。
勿論、紫乃の事も。



俺も幸せになるよ。
兄さんを心配させないように。
しっかりと自分の道を歩いていくからね。



         2013.1.22



Greenhouseのエピソードはまだまだ沢山あるので、色んなキャラバージョンで描きたいと思います。


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輪舞曲4…「セレナーデ 第一曲」 - 2013.01.30 Wed

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セレナーデ 第一曲

 セレナーデ…宵闇に、愛する人の枕辺で、切なる恋心、愛の告白を謳う楽曲。


桜散る四月の花冷えの夜だった。

その夜は、親しいお客さんを招いての夜桜見物で、セッティングした二次会の小料理屋での散会を期待していたのに、三次会まで誘われた。
お得意様の命令には逆らえず、市街から離れた街の見知らぬクラブに連れて行かれた。

適当に客と上司に合わせて飲んでいると、店のBGMが消え、隅に置かれたグランドピアノの音が鳴り響いた。
へえ~、この店は生演奏のサービスがあるのか…。

一度はチェリストを目指した俺の耳を満足する演奏を期待したわけでもなかったが、おのずとピアニストの姿が気になった。
肩まで髪を伸ばした若い青年だ。痩せた身体に黒いジャケットが似合っている。顔は…横顔しか見えず、仄暗いライトに照らされた顔色は青白く、いかにもアーチストの様相だ。
だが俺の興味はその男の弾くピアニストとしての技量だった。

…様様なアレンジを奏でるスムーズジャズの音律。優男の姿には似合わない、しっかりとしたアクセントの付け方…そして、ブルージーな余韻を醸し出す音色。
ペダルの音やリズムに少し癖があるのは…本来はクラシック弾きなのかもな…。

今までざわついていた店内のお客が次第に彼の演奏に聞き入っていく様子が手に取るようにわかる。
誰もが僅かな緊張と奏でる旋律の波間に漂う快感に浸っている。

半時間ほどの演奏が終わり、ピアニストも席を立った。

「どうだい?神森くん。良い店だろう?」
「そうですね。生の演奏を楽しめる高級クラブはあまり知らないものですからね。いいお店を紹介いただきありがとうございます」
「神森くんは音楽にうるさいと、社長から聞いたものでね。ヴァイオリンを弾くんだよね?」
「昔…少しばかりやってただけで(ヴァイオリンじゃなくてチェロだけどな)、今は全く手にしていないんです。もう弾くこともないでしょうけど…」
「もったいない気もするけど…まあ、そういうものは趣味程度で楽しむのが一番ですよ」
「そう…ですね」

上司の言う社長とは、俺の親父のことだ。
親父は「嶌谷財閥」の縁者であり、グループの不動産企業の代表取締役に就いている。
その時期の極めて困難な就職活動の末、親父のコネクションでなんとか当企業に職を得た俺は、親父の息がかかっている所為なのか、周りからも気を使われ、こちらも構えて気を遣い、なんとか平穏な社会人生活を営んでいる。

…情操教育の一環として、幼い頃にピアノ教室に通い、中学からはチェロに興味を持ち、レッスンをするようになった。
大学もそれなりの音楽大学に通い、将来はどこかの楽団でプロのチェリストとして、一生音楽に携わっていきたいと、ぼんやりとだが夢見ていた。
だが、現実は甘くなく、どの管弦楽団の試験を受けても合格はできなかった。
それまで俺に対して何一つ口を挿まなかった親父が、初めて俺に音楽の道を諦めるように諭した。親父の言葉は重く、俺の描いた夢がいかに甘かったのか、また自分の技量や天性の貧しさを改めて目の前に叩きつけられた気がした。
俺は音楽家としての道を歩くことを諦め、親父に土下座をし、就職させてくれるように頼み込んだ。

親父は甘くない人だった。
最初は息子だと見くびられないように、故意に厳しい部署へ送り込まれた。
負けず嫌いの俺は、とにかく懸命に働き、そして周りを認めさせることに成功した。
二十七歳で営業促進部長という職責は昇進の早い方だろう。

今の生活に不満はない。
だけど、時々…こんな夜は餓えてしまうのだ。
音楽に…メロディに…音色に…響きに…

店の便所は、狭くもなく、ピカピカに磨き上げられた大理石で囲まれていた。
俺は何気に手を洗っている先客を見た。
あ…あのピアノを弾いていた男だ。
こちらも見ずに石鹸で懸命に洗っている仕草を見ると、相当に神経質な気がする。
…確かに、最後の方は気が焦ったのか、少し繊細すぎる音だった。

「君…先程のピアノを弾いていた方ですよね」
俺はその男が手を洗い終え、乾かすのを待って話しかけてみた。
男は黙って俺の方を向き、関心の無い笑みをうっすら浮かべ会釈した。
「クラシックを演ってたの?とても音楽的だった」
「バイエルを演らないピアニストは少ないと思います」
優しげな顔に似合わない少し低く抑揚のない声だ。人付き合いは良い方ではないらしい。まあ、芸術家っていうのは大方高慢でナルシストだ。
男は俗世間とは関わりたくないと言った風な雰囲気で目を合わせる事もなく俺の傍を通り抜けた。

ドアを開けて出て行こうとする男の背中に、俺はもう一度話しかけた。
「次の演奏は?」
「三十分後です」
「リクエストしてもいい?」
乗り気もなく彼は「なんでしょう」と、言った。
「あなたのシューベルトを聞きたいんだ」
俺の言葉に彼は少し驚いたような顔をこちらに向けた。
そして「わかりました」と、顔色も変えずに答えた。


彼の演奏が始まった。
耳触りの良いジャズが続いた後、最後に俺のリクエストに彼は応えてくれた。
シューベルトの即興曲三番をジャズ風に、そして歌曲「白鳥の歌」のセレナーデを正当なクラシックモードで弾き終えたのだった。

多くのシューベルト作品の中で、彼の選ぶ曲目を、期待と期待外れの怖れの緊張感を持って、俺は彼の演奏を見守った。
そして…
俺の魂は彼に奪われてしまったのだ。
彼の選んだ曲は俺を喜ばせ、彼の指から奏でられる一音一音に圧倒された。
特に「セレナーデ」の表現には、…息を呑んだまま、聞き入った。呼吸さえすることさえもどかしいほどだった…
そして、認めざるを得なかった。
こんな地方のナイトクラブで、ピアニストとしての資質と力量を兼ね備えている人に出会う残酷な時。音楽家を夢見ていた者にとって、もう歩くことさえできない…絶対的な敗北をこんな場所で再び味わうことになろうとは…。

それでも…俺は彼の奏でる音色に酔い、それを味わうことができたこの夜に高揚していた。
だから店を出た後、上司が帰りのタクシーの同席を薦めたのに、俺はそれを断った。

このまま帰るなんて…孤独なマンションに…あの侘しい部屋のベッドで疲れた身体を横たえるなんて…なあ、これ以上惨めな生身ではいたくない。

そぞろ歩く川沿いの土手。
桜並木が続く両側には、深夜になっても花見見物で酔いつぶれた連中がヘタクソな歌を歌っている。
ああ、謳えや踊れ。
音楽はすばらしい。
ただひたすらに楽しめばいい。

だが音楽家を目指すなよ。
地獄を見る羽目になる。
偉大な音律の系譜は、天国へのラビリンスだが、音を踏み外せば地獄が待ち受けている。
俺は…それを味わった。
メロディの美しさを知っても、それを奏でる者にはなれぬ。

ああ、桜の花びらが風にあおられ夜風に舞うさまは、あの五線譜の音符のようだ。
花弁は知っている。
自らが一片の散っていく淡く儚いものであっても、絶対的な美しき表現者であるということを…


「すみませんが…」
「え?」
土手の道端に座り込み空を見上げていた俺に、正面に立ち止まった男がいた。
さっきのピアニストの男だ。
今はニットキャップとジーンズ。カーディガンを羽織ったどこにでもいる青年にしかみえない。
「あなた…さっきの『バイロン』に居た方でしょう?僕にリクエストした…」
さっきの店、そんな店名だったのか…
道理で詩人面してしまいたくなるはずだ。
しかし、こんな場所であのピアニストに出会うとは…

「…ひとりで花見ですか?」
先程の芸術家気取りの雰囲気とは違い、親しげに話しかけてくる様子がなぜか俺を不審がらせた。こいつ本当にあのピアニストか?
「そうです。せっかくの花見日和ですしね」
「…もう夜中ですよ。それとも…酔っぱらっていらしゃるのかなあ~。そんな風には見えないけれど…」
「あなたの演奏に酔ってしまい、ここで余韻を楽しんでいるのです」
「…」
「しかし…このまま浮かれていても現実は浮世の荒波。明日も残酷な仕事が僕を待ち構えている」
大げさな俺の身振りに、彼はふふと、笑った。

「あなたの言うとおりです。このままここに居たら風邪をひきそうだ。すみませんが近所にビジネスホテルかネットカフェはありませんか?」
「…この土手を二十分ほど歩けば、ありますけど…」
「そうですか。じゃあ、急いで見つけますよ」
「あの…」
「はい?」
「うちで良かったら…来ませんか。ここから歩いて五分かかりませんし…」
「ええっ?いいの?」
思わずタメ口になってしまった。
まさか誘われるなんて思いもよらなかったから…
微笑みながら軽く頷く彼を、俺は訝しく見つめた。
本当にあの愛想のないピアニストと同じ男なのか?

「ホントに伺ってもいいの?俺、本気ですよ?」
「ええ、どうぞ。もちろん何もサービスはしませんけれど…」と、彼は座り込んでいる俺に手を差し出した。
「ではお言葉に甘えて…」

彼の細く長く節の膨らんだ指…ピアニストの指先を俺は見つめた。
そして、その手を傷つかないようにと、そっと掴んだ。
しかし彼は、こちらが驚くほどの力強さで引き上げ、俺の腰を立ち上がらせたのだ。

そうだった。
芸術家って奴は、自分自身には、いちいち気を使わないものだ。


その夜、俺の手を取った男は、能見 響(のうみ なる)と、名乗った。
なるほど、芸術的な名前だと、俺は心の底から彼に嫉妬したのだった。







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バレンタインデー 1 - 2013.02.06 Wed

バレンタインデー 1

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漣と

出会ったのは中学の入学式。
真新しい詰襟の学生服の君は、新入生代表の挨拶を緊張する風もなく、淡々とやってのけたね。
僕はその姿に憧れ、そして…恋をしたんだ。


バレンタインデー 1


なんとか中学の入学までに間に合うようにと新築の住宅へ越してきた僕達、仁井部一家の生活は、それまでの暢気な社宅暮らしとは一変した。
毎日二時間を通勤する父親とはほとんど顔を合わせる暇もなく、母親は新築したばかりのインテリアコーディネートを毎日楽しんでいた。
六歳上の姉は、大学進学で待望の独り暮らしを始め、新築の家には寄り付かない。
僕はと言えば…
友人も知り合いもいない新しい中学生活が不安でたまらなかった。
「大丈夫よ~。周りのみんなだって新入生じゃない」と、能天気な母には僕の心細さはわからない。
だがラッキーなことに、彼が…憧れの君、あの柊木栄嗣(ひいらぎえいじ)が僕のクラスメイトになったのだ。
話しかける勇気は出なかったが、彼の姿を眺めるだけで、登校拒否にはならずに済みそうな気がした。
そして、幸運は続いた。
部活は同じバスケ部。しかも…僕の家と柊木栄嗣の自宅は近所だったのだ。

「あれ?君…確か同じクラスの仁井部くん…だったよね」
彼が僕を認識したのは、新学期が始まって一週間目の朝だった。
その時はまだ新入生の部活動は始まっていなかったから、同じ部活になるとはお互い知らなかった。
僕はいち早く、朝、彼が登校する時間を見計らい、その時間に合わせて家を出ていた。そのうちに彼が気づいてくれるのを期待していたんだ。
だから色々なシチュエーションは頭の中で想像してはいたんだけど、実際彼が振り返って僕に声を掛けてくれた時は、マジで心臓が飛び出すかと思った。
「う、うん」
「君、新しく越してきたんだよね」
「そうなんだ。だから友人というか…知ってる子もいなくて…」
「そう、じゃあ、俺が君の友人一号ってことで…俺、柊木栄嗣。よろしくな」
そう言って爽やかに笑いかけてくれたことが嬉しくて…友達になれたことが幸せで…病気になってもぜったい学校休むもんかって、真剣に思った

そして、僕と柊木栄嗣は親友になった。僕ではなく、彼が「親友だからな」と言ってくれたのだ。
当然部活動の帰りも一緒、朝の通学も時間を合わせて通うようになった。
最初の不安なんてどこかへ吹き飛び、僕は毎日夢心地の気分でいた。

柊木栄嗣はどこから見ても非の打ちどころのない中学生だった。誰が見ても好感のもてる整った顔つきと、十分な体格を持った姿形は言うに及ばず、品行方正で頭脳明晰、スポーツも難なくこなし、分け隔てなく誰にでも親しげで、弱い者には優しい言葉を掛けた。
目上の者に対しては、大人びた言葉を使い、納得いかなければ、先生からすれば青臭いヒューマニズムではあろうが、真向から反論した。
誰もが…成績しか興味のないインテリも悪ぶった悪たれ達も、柊木栄嗣に楯突くことはなかった。むしろ悪ぶった生徒たちは、彼の真っ当な正義感に憧れさえ抱いていただろう。

そんな柊木栄嗣と親友であることが、僕には神様がくれた奇跡の恩寵のように思え、彼と一緒に居る時は、喜びと共に少しだけ緊張もしていた。

「俺の事は栄嗣でいいって言ってんだろ?漣(れん)」
「う…うん。でも呼び捨てってなんか柊木くんっぽくないかな~って思ってさ」
「なんだよ柊木くんっぽいって。ふふ…漣は変な奴だなあ~」
「そうかな」
「でもおまえの名前ってかっこいいよな」
「え?」
「クラスの名簿見た時さ、仁井部(にいべ)漣ってなんて呼ぶんだろって思ってね。『さざなみ』って書いて『れん』ってさ」
「父さんが学生時代にボートをやってて、そのボートの名前が『漣号』だったんだって。酷いよね。息子にボートの名前を付けるなんてさ」
「いいじゃん。『漣(さざなみ)』ってかっこいいじゃん。俺、好きだな」
「…」

栄嗣の「好きだな」と言う言葉に僕の鼓動が高鳴った。
生まれて初めて性的な興奮を覚えたと言っていい。何の事は無い。
彼は僕の名前が好きだと言っただけというのに、僕の恋心は確実に芽生え、そして一気に上昇してしまったのだ。

そんな彼がモテないわけもなく、栄嗣は何度も女子から告白をされていたが、何故か特定の女の子と付き合っているという噂も聞かなかった。

一年の秋、僕は偶然にも栄嗣が告白されている現場に居合わせた。と、言うより、体育館の裏の柱の陰で、こっそりふたりの会話を聞いてしまったという方が正しい。
相手の女子は隣のクラスのマドンナ的存在の子で、バスケ部の中でも人気があった。と、言うのも、体育館の窓から見えるテニス場が、彼女の部活の練習場で、そのスコート姿が可憐でその頃の男子にはたまらない、と、言う極めて俗っぽい趣向で人気があったのだ。
栄嗣も周りの部員と一緒になって、「あの子かわいいよな~」と、はしゃいでいたから、この現場を見た時、栄嗣はその女子の告白を受け入れるものとばかりに思っていた。
女の子の告白は真剣で、精一杯の想いを栄嗣に伝えようとする気持ちがこちらにも伝わってくるほどだった。
だが、栄嗣は頭を掻きながら、その女子に言った。
「悪いんだけどさ…俺、好きな子がいるんだ。ごめんね」
しばらくして、女子の涙ぐむ横顔が、見えた。

その日の帰り、栄嗣と並んで歩きながら、僕は栄嗣に聞いた。
「あのさ…さっき、偶然に見たんだけどさ…栄嗣が女子に告白されるところ…」
「え?」
「盗み見じゃないよ。ホント偶然だったの。ゴメン。黙っていようと思ったけど、なんか隠し事をするのが嫌だから…」
「…そっか~見られてたのか~」
「ゴメン。でも…なんで断ったの?あの子のこと、君もかわいいって言ってたじゃないか」
「う~ん…なんつうかなあ~。客観的に観てかわいいと思う事と、付き合いたいって思う事は違うんじゃないかな。俺、結構女の子に付き合ってくれって言われるけどさ、あんまり付き合いたいなあ~とは思わないんだよね」
「…他に好きな子がいるから?…その子って僕の知ってる女子?」
「いや、あれは嘘だよ」
「嘘…なの?」
「昔…って言っても小学六年の時さ…好きだった子に告白されて喜んで承諾してさ…まあ、小学生だから付き合うって言っても、一緒に下校するくらいじゃん。それでもあっという間に付き合ってるってクラスで噂されて…それはいいんだけど、今度はその子が怒るわけ」
「何を?」
「『どうして他の女子と楽しそうに話すの?』『どうして昼休みに男の子たちとばっかり遊んで、私と一緒にいてくれないの?』最後には『栄嗣君には私がいるのに、どうして他の女子を見るの?』…だって。ぞっとするだろ?」
「それは…まあ…そうだね」
「もう面倒臭くて付き合うのを止めた。それからも色々揉めたりしてさ。もうしばらく好きになったり、付き合ったりするのは止めようって決めているんだ。まだ中学生だし、恋とかより、みんなと遊んだり、バスケやったりする方が楽しいじゃん」
「…そうだね。なんとなくわかるよ」
「女子と喋るより、漣と居る方がずっと楽しいじゃん。なあ、そう思わねえ?」
「…うん。僕も…栄嗣と居る時が、一番楽しいよ」


…好きな相手がいないのは嬉しいけれど…
親友って存在が、どれだけ尊いものかもわかっているけれど…
僕は君の恋の相手にはなれないんだね…
ねえ、栄嗣。
僕の恋心は君にとって、罪になるのだろうか…。



 2へ

バレンタインまでには間に合わせるように…します~
セレナーデはもちょっと待ってね。



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バレンタインデー 2 - 2013.02.12 Tue

バレンタインデー 2

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仁井部漣


バレンタインデー 2

中学二年になり、柊木栄嗣とは別のクラスになったけれど、朝の登校も、帰りの部活帰りも一緒だから仲の良さは変わらない。
栄嗣みたいな完璧な男が、僕みたいなどこから見ても平凡な奴と親友でいることが、きっと周りの同級生は訝っていただろう。だって僕自身がそうだったから。
でも栄嗣は言うんだ。
「俺、こう見えて事なかれ主義というか…案外小心者っていうか…周りの期待を裏切らないようにかっこつけてるんだよな~。でも漣には気を使わずに素直で自分の気持ちを曝け出せる。そういう奴って見つけようとしてもなかなか巡り会えないって思うんだ。だから俺にとって漣は大事な存在だ」
「…なんか…照れるよ」
「ホントだって。でも、俺ばっかりがいい思いしてもそれは親友じゃないよね。俺も漣の為ならなんでも力になるからな。遠慮なく言ってくれよ」
「…うん」
無邪気な笑顔を僕に見せる栄嗣…。本当の僕の気持ちを知ったら、その笑顔は僕に向けられなくなってしまうんだろうか…


二年生の後半からは、バスケ部の部長と生徒会役員の掛け持ちで毎日忙しそうな栄嗣だったけど、僕との友情は変わらず、そして栄嗣の愚痴を聞いたり、励ましたりするうちに、僕は自分自身の人間性が少しずつ成長していることを感じていた。
そして、このままずっと栄嗣の傍に居て、彼に必要とされるよう自分を磨いていきたいと思うようになった。

三年生になると受験が待ちかえている。
当然、栄嗣はこの地域で通える一番レベルの高いA校を受験することにしていた。僕は栄嗣には到底かなう成績ではなかったが、どうしても栄嗣と一緒の高校に行きたかったから必死に頑張った。
同じ高校へ入学できたら、少なくともあと三年間は一緒にいられる。

栄嗣は僕がA校合格の為に必死になっている本当の理由も知らずに、僕の傍でいつも勉強を教えてくれた。
「一緒にA校へ行こうな」と、力強く励まし続けてくれた。
それなのに…
12月になって、栄嗣は突然予想もしていない事を言いだしたのだ。

栄嗣は高等専門学校を受験するというのだ。しかもここからずっと離れた東京の高専だ。
俺は驚いた。そんな話を今までに栄嗣の口から聞いたこともなかった。

「高専を受けるって…なんで急に?」
「そんなに急でもないんだ。本当はずっと前から考えていた。今年の春ごろにちょっと親に言ってみたら、強く反対されてね。特に母親がね。ほら、俺、ひとりっ子だろ?家から離れて寮暮らしなんて、まだ早いし、心配で仕方ないって言うんだ。だから何度も諦めようとしたんだ。でも…やっぱりどうしても行きたいって思ってさ」
「どうして…高専なのさ」
「うん。ほら、この間、すげえ地震があったろ?俺たちは被災しなかったけれど…その後の原発の事故なんかでさ、今でも色々と手間取ってるじゃん。ああいうのさ、なんとかしたいって思うんだよね。人間ができない場所で処理をしているロボットとかの先端技術工学を学んで、もっと早く元の環境にしてやりたいってさ。…そういうの甘いとか言われそうだけど、本気でやってみたいんだ」
「…」
…知らなかった。栄嗣がそんなことを考えているなんて…こんなに近くにいるのに全然気づいてなかった。
僕はなんて馬鹿なんだろう…

「…だったらハイレベルな高校で普通の勉強をやるより、早く専門的なものを学んだ方が道は早いし、そこからまた近道を選べるかもしれないし。…俺さ、人間の人生ってどれだけ人の為に働けるかで価値が決まるんじゃないかと思うんだ。別に他人に褒められたいわけじゃない。勿論褒めてくれたら嬉しいけどな。俺にとって…大事な人たちを守る為に自分がやれることを見出して、頑張ることが幸せな人生なんじゃないかって…ずっと考えてた…」
「…栄嗣はすごいね。…僕は自分のことばっかりだ」
「そんなことないよ。…ホントはなんども諦めようと思ったけれどね、漣が俺に教えてくれたんだよ」
「え?」
「毎日毎日一生懸命に勉強している漣の姿を見てるとね、俺自身が漣に励まされてる気がするんだ。なあなあでここで自分の想いをはぐらかせて、楽な道を選ぼうとしている俺は、漣みたいに懸命に何かを目指して頑張って生きているのか…ってさ」
「そんなんじゃないよ。僕は…ただ栄嗣と一緒の高校に行きたい。また一緒に三年間を楽しみたいって…ただそれだけだよ」
「その想いが俺にとって、どれだけ誇りになっているかわかる?漣。おまえが俺の為に頑張っている姿に恥じないように、俺も自分に嘘を吐いちゃいけないって思ったんだ」
「栄嗣…」
「漣との約束を破ることが、一番辛かった。一緒に行くって約束したのに、ゴメンな、漣。でも一緒に行けなくてもこれからもずっとおまえと親友でいたいって思ってる。…駄目かな?」
「駄目じゃないよ…駄目じゃない…寂しいけれど…僕も応援するよ、栄嗣。T高専絶対合格しろよ」
「ああ、頑張る。漣に負けないぐらい必死に頑張る。だから絶対合格しような」
「うん」

それから自宅に帰った僕は、自分の部屋のベッドの中で泣き崩れた。
栄嗣の前では我慢したけれど、ホントは泣き喚いて、詰ってやりたかった。
おまえと一緒にいたいから、したくない勉強だって必死に頑張ってきたのに…あれだけ一緒に高校生活を楽しもうって約束したのに…栄嗣の嘘つき、バカ、僕の気持ちなんて少しもわかってないっ!

泣きつかれて涙も枯れてしまった後、なんだか可笑しくなって笑ってしまった。
ただの友情だったら、こんな風に泣いたりしない。合格するように応援してやればいいだけだ。
…片思いっていうものは本当にやっかいなものなんだな…


翌年の二月、滑り止めの私立も合格し、後はお互いの志望校受験を残すのみになった。
日曜日、久しぶりに帰ってきた姉に連れ出され、街に買い物に出た。
「漣と一緒に買い物なんて何年振りかな~」
「お姉ちゃん、僕、受験生なんですけど…」
「たまの息抜きは必要でしょ?それよりあんた、ちょっとチョコ買うから付いてきて」
「チョコ?」
「そうなの。もうすぐバレンタインだから、ここの人気のチョコレートショップに行きたいの」
「お姉ちゃんにチョコをあげる彼氏がいるの?」
「バカね、漣。彼氏ぐらいいるわよ。あんたはどうなのよ。本命チョコを貰う彼女のひとりぐらいはいないの?」
「…」
「…いるわけないよね。漣は控えめだもん。でもあんたのそういうとこ、私は好きだからね」
「お姉ちゃんに褒められてもねえ~」
「義理チョコぐらいは買ってあげるから、さ、行こ」
無理やり姉に腕を惹かれ、女の人で一杯の店の中へ入った。店の中に入った途端甘いチョコの香りに包まれる。
学生っぽい女子はあまり見かけなく、大人の女性が多い。それもそのはずだった。
ケースを眺めたら、綺麗に並べられた小さいチョコひと粒が…え?五百円?こんなに小さいのに?
あまりの衝撃に僕は固まってしまった。
それなのに周りの女性たちは、あたりまえのように指を差し、いくつかのチョコレートを選んで買っていく。
みんなウキウキとした嬉しそうな、そして愛おしそうな顔をして…
姉貴も同じだ。彼氏のことでも想っているのだろうか。いつもとは違い、少し頬を赤らめ、照れながら店員さんにチョコレートの味を聞いている。
そうか…バレンタインのチョコっていうのは、相手を想いながら、その想いをチョコに込めて買うんだな…

「おまたせ~」
「欲しいチョコ買えた?」
「うん。ああ、そうだ、漣。せっかく来たんだからあんたもひとつくらい買ってみたら?」
「え?僕がチョコを?」
「そう、バレンタインってね。本当は男も女も関係ないのよ」
「ホント?」
「そうよ。あんたも好きな女の子にここのチョコをあげてみたら?すごく喜ぶと思うよ。ここの店有名だし~」
「そうかな…男の僕が送っても変じゃない?」
「変じゃないよ。想いを込めて送っちゃえ~。シャイボーイ!」

姉貴にそそのかされ、小さなボンボンショコラ二個入り千二百円の箱を買った。
綺麗な箱にシックなリボンに飾られたチョコレート…僕の精一杯の栄嗣への想いを込めたチョコだ。

栄嗣に手渡すことができるかどうかわからないけれど、机の引き出しに大事にしまったチョコの箱を眺めているだけで、何故だか幸せな気分になった。そして考える。
果たして本当に栄嗣にこれを渡すべきなのだろうか…と。
もし、これを渡し、栄嗣に僕の想いを告白してしまったら、僕と栄嗣の親友という絆は、変わってしまうものなのだろうか。
親友でいられなくなるのだろうか…


渡そうかやめようかと悩んでいるうちにバレンタインの日はやってきた。
俺は手の平サイズのチョコの箱を学生服のポケットに忍ばせ、登校した。
学校内は私立入試がひと段落つき、少し前の緊張感が緩和され、チョコを渡す女子と貰う男子たちがどちらとも浮き足立っているようなふわふわとした空気が漂っていた。

栄嗣は勿論数えきれない程貰っていたし、僕も義理チョコだったけど三個もらった。
その日の帰り道、栄嗣とふたり並んで歩いていると、重たげな紙袋を下げた栄嗣が突然言う。
「なあ、漣。このチョコさ、おまえにあげるよ。俺、あんまりチョコレート好きじゃないんだよなあ~。漣は甘いもの好きだろ?」
…そういやそうだった。栄嗣はケーキ類は食べるけど、チョコはあまり食べなかったんだっけ…すっかり忘れていた。
「でも栄嗣がもらったチョコなんだから、僕は受け取れないよ」
「だってこんな一杯あるんだぜ?去年はバスケ部の連中に分けたけどさ…」
「…」
つうか僕の手にあるこのチョコはどうすればいいんだよ~。好きじゃないってわかったのに、今更チョコを渡せるのか?

「なんつうか、バレンタインデーなんてメディアに踊らされてるだけじゃないか。別に本当に好きなら、バレンタインとかチョコとか関係なくいつでも言えばいいんだよ。なあ、漣」
「…」
「ああ、なんかもうメンドクサイからこのチョコ、全部、漣にやるよ。いらなかったら捨ててもいいし…」
「栄嗣っ!」
「え?…なに?」
「面倒くさいからって、僕にあげるとか捨てるとか言うなよ。みんなおまえのことを好きだからプレゼントしたんだよ。義理チョコもあるだろうけれど、本当におまえを好きで、でも打ち明けられなくて…バレンタインデーっていうイベントの力を借りて、やっとおまえに告白した子だっているかもしれないじゃないか。そういうプレゼントを、簡単に捨てるなって言うな」
「…漣」
「チョコが好きじゃないなら全部食べなくていいよ。でも一粒でも、一欠けらでも食べて、これをくれた子たちの想いを感じてもいいんじゃないのかな…そうじゃなきゃ、彼女たちが可哀想だよ」
「…」
僕の言葉に栄嗣はしばらく黙り込んだ。
まずい…つい本気で口走ってしまった。
…いつになく気まずい雰囲気だ。

「ゴ、ゴメン。おせっかいだったね。栄嗣のもらったチョコなんだから栄嗣がどうしようと僕が色々言う立場じゃなかった。ゴメン」
そう言うと、栄嗣はくるりと僕の方を向き、いきなり抱きついてきた。
「ちょ…っと、栄嗣」
栄嗣はスキンシップが好きでそれを気にしない奴だ。
バスケの試合なんか、勝っても負けても部員ひとりひとりに抱きついては、喜んだり悔しがったり…みんな、そういう栄嗣が大好きで、こいつの為に一緒に頑張ろうって思わせるんだ。

「…栄嗣、もういいだろ。他人が見たら誤解するかもしれないよ」
「かまうもんか。勝手に誤解してろ」
「…」
「ホントに敵わないよ、おまえには」
「え?」
「漣の言うとおりだ。人を思いやる気持ちがなくて、人に役立つ物作りができるかって…なあ」
「栄嗣」
「漣が俺の居てくれてホント良かった。漣が居なきゃこんな大切なこと、気づかずにいたよ。漣はやっぱり最高の親友だ。ありがとな」
「…そんな…」
栄嗣はやっと抱きしめた腕を緩め、僕の頭を撫でた。

「じゃあ、無理してでも貰ったチョコは食べるようにするよ。ニキビが増えたら漣の所為だからな」
「無理はしなくていいよ…それより栄嗣…」
「なに?」
僕は右のポケットに入れたチョコの箱を握りしめた。ここで渡さなきゃ…今、栄嗣に僕の気持ちを言わなきゃ…
「…」
だけど、僕を見つめる栄嗣の瞳が眩しすぎる。栄嗣のまなこに映る僕は、彼に必要なのは「親友」である仁井部漣なんだと、訴えているようだ。
栄嗣の絶対の信頼を裏切っていいのか?
失望させてもいいのか?
「友情」を捨ててまで「恋心」を打ち明けることが、栄嗣にとって…僕にとって本当に良い選択なのか?

…栄嗣の信頼を、失いたくない。

「あ、見ろよ、漣。雪だ…きれいだな」
「うん…そうだね…」

僕は握りしめたチョコをポケットから出すことを諦めた。
そして、栄嗣の肩に降り積もっていく雪を、空いている片手で払った。

「ありがとう、漣」
「どういたしまして、栄嗣。それより早く帰って、塾の時間まで僕の家で勉強しようよ。本番の試験まで時間がないよ」
「ああ、そうしよう。肉まん買って一緒に食べよ」
「うん」

これでいい。
これで…いいんだ。

僕は自分にそう言い続けた。





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すいません。次で終わらせます。
14日までにはなんとか…( ,,`・ ω´・)がんばるよ~



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バレンタインデー 3 - 2013.02.14 Thu

バレンタインデー 3

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漣と栄嗣11



バレンタインデー 3

その春、柊木栄嗣も僕も第一志望の高校へ進学した。
別れは辛かったけれど、おそろいの携帯電話を買って、頻繁に連絡をし合うように約束した。
別々の高校へ行き、離れ離れになっても、僕と栄嗣の仲は揺るがなかった。
携帯電話、メールのやり取り。栄嗣が帰省する時は、必ず僕に会いに来てくれた。
夏休みには海水浴、隣県のキャンプ場まで自転車で飛ばしたり、映画を観たり…ふたりだけで楽しんでは笑いあい、至福の時を過ごした。
僕は相変わらず栄嗣が好きで仕方なく、恋愛感情も消えてはいなかったけれど、それを栄嗣に告白しようとは、思わなくなっていた。
こうしてふたりきりで栄嗣と一緒に楽しめるのなら、普通の恋人たちがやっていることとなんら変わりがないではないか。
ただ、僕達の間では、性的なものが発生しないだけだ。

キャンプ場の夜、降るような星空を寝転んで見上げながら、話したことがある。
「ねえ、栄嗣は恋人はいないの?」
「ん?ああ、うちは女子が少ないからな。それに毎日課題をこなすのが大変で、色恋沙汰に時間を掛けている暇がないんだ」
「そう…」
「漣はどうなんだ?好きな子とか付き合いたい子とか、いないのか?」
「別に…いないね」
「おまえ、女子にはそっけなかったからなあ~。見かけは悪くねえのにさ」
「栄嗣がモテて困っているのを見慣れてるから、僕もあんまり女子に関心はなくなったんだ」
「なんだよ。漣に彼女ができないのは俺の所為か?」
「そんなんじゃないよ」
「…実は俺さ。半年ぐらい前かな。うちのクラスのすげえ美人の女子に告白されて付き合ってみたんだ。一緒に食事したり映画観たり…キスもした」
「…」
「でもなんかな…別にその子に不満があるわけじゃないけど、ワクワクしない。そんなに楽しくねえし、この子とセックスしたいとも思わない。それなりに気を使って、共通の話題を探して、無理やり笑いを誘って…なんか恋愛ってこんなつまんねえものなのかな…ってさ。これなら漣と一緒に居た方が、ずっと楽だし、楽しいし…こんな風に正直に話せるし…。やっぱ俺には恋愛って向いてないのかもしれないなあ~って思えてさ」
「…」
「まあ、それならそれでいいし。恋愛しなくても楽しく生きていく道はあるし、今の俺は機械やプログラムの勉強してる方が楽しいからな」

それだけ打ち込めるものを持っている栄嗣が、僕は羨ましい。
僕だって本も読むし、音楽も聴くし、スポーツだって観るのもするのも嫌いじゃない。だけど結局本気で夢中になるものって…僕には栄嗣しかいない。

「…僕は…恋愛したいって思うよ。好きな人がいて、その人も僕を好きでいてくれて…そんで恋人同士になって…その人の為に精一杯尽くして、幸せを沢山与えて、ずっと一緒に…死ぬまで一緒に暮らすんだ。…それが僕の夢だよ」
「なんだよ、漣…まるで好きな人がいるみたいな言い方だな」
「たとえばの話だよ。今は…栄嗣と同じで好きな女子はいないし、欲しいとも思わない。僕も栄嗣と一緒に遊んでいる時が一番楽しいし…」
「…」
何も言わず、僕の顔をじっと見つめる栄嗣の視線を逸らすように、僕はただ星空を見つめ続けた。


高校三年の夏、栄嗣は帰省しなかった。
高専ロボットコンテストにエントリーするロボットの製作に取り組んでいるらしい。
栄嗣からの電話は多くなり、疲れた声を出し愚痴を吐いたり、声を荒げて怒ってみたり、思い通りにならないことの苦労話を聞かされた。その度に僕は栄嗣を宥め、励まし、大丈夫だと何度も繰り返した。

秋になった。
羊雲が空を覆い尽くす様を、部屋のベッドに寝転んで見上げていると、栄嗣からの携帯が鳴った。
「はい」
『漣!俺、地区予選突破した!』
「え?、ロボコンのこと?」
『そうなんだ!優勝は逃したけれどアイデア賞で全国大会に出場が決まったんだ!』
「良かったじゃん!おめでとう、栄嗣。あんなに頑張ってたもんな」
『あのな、驚くなよ。ロボットの名前、「漣(さざなみ)号」って付けたんだ』
「え?…どうして?」
『漣の…応援があったからここまでやってこれたんだ。漣が俺に作り続ける力を与えてくれたから…漣がいたからできたんだ。だから漣の名前を使わせてもらったんだ。ほら、漣の名前の付いたロボットなら、すげえ頑張って最後まで動きそうな気がしないか?…ねえ、漣…漣?』
「…」
僕は息をのんだ。鼓動の音が耳鳴りのように響いて、次第に強まってくる。
息ができない…
驚きと嬉しさで、涙が出そうだ。
栄嗣、栄嗣、それは…僕への告白なのか?
それとも…相変わらずの能天気な君の友情の証なのかい?

『漣?どうかした?』
「…いいや、あんまり嬉しかったから…言葉が出なくなった」
『馬鹿だなあ~。まだ予選突破だよ。これから優勝目指してもっと精度を高めていかなくっちゃな』
「うん、そうだね…ねえ、栄嗣。これからも僕は君の…傍で応援し続けてもいいかい?」
僕の問いに栄嗣はしばらく黙った。
そして応える。
『漣の存在が、俺を勇気づけてくれる。だから…傍に居て欲しいよ』
「…うん、わかった。じゃあ、全国大会頑張ってね。必ず会場に観に行くよ」
『うん、待ってる、じゃあ』

栄嗣からの電話の後、僕は机の引き出しを開けた。
あの時、渡せなかったバレンタインのチョコレートの箱を取り出した。
中身のチョコは腐ってしまう前に食べちゃったけれど、箱も、リボンも、チョコを包んでいたパラフィン紙もそのままに残しておいた。
箱の蓋を開けるとまだ甘いチョコの香りが漂った。
三年前のあの時の気持ちが、蘇ってくる。
今も変わらない栄嗣への想いは、ちゃんと育っているかい?
僕は自分に問いただす。
「大丈夫だ」と、答えた。
そして、今ここで誓おう。
これからもずっと栄嗣の傍で、栄嗣との絆を育てていこう。
栄嗣が求めるものと、僕が求める愛が異なるものであっても、僕は決してこの恋を諦めたりしない。

渡し損ねたこの空のチョコを、今度こそ栄嗣に渡そう。
三年前の想いと、三年分の想いを込めたこの箱を。

「栄嗣、好きだよ。ずっと好きだった。栄嗣に触れていたい。キスしたい。抱きしめあって離れずにいたい。でもね、何よりも、栄嗣に幸せになって欲しい。だから、僕は…そのためにならなんでもするよ。これからもずっと…愛してる、栄嗣」

空の箱にありったけの想いを告白し、僕は蓋を閉め、リボンを掛けた。


そう、今日が僕のバレンタインデー。




 2へ 



さてさてこの恋が本当に成就するかどうかは…また別のお話で、お目にかかりましょう…


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