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2019-10

輪舞曲4…「セレナーデ フィナーレ」 - 2013.03.23 Sat

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チェロ2



セレナーデ 終曲(フィナーレ)


「アルペジョーネ・ソナタ」の楽譜を能見響へ差し出した時、ポーカーフェイスの彼は一瞬強張った顔をした。
しかし、すぐに元の柔らかい笑顔を見せ、俺と合わせるのが楽しみだと言ってくれた。…半分は御愛想だろう。
彼はプロのピアニストだ。
たかが趣味で続けている俺と、比べようがないのはわかっている。それでも、能見響を理解し、その心に沿っていくには、まず俺の努力が必要なのだと思う。

チェロの練習をしながら、俺の胸で泣く響の顔を思い出した。
あれもまた彼の偽りの仮面だろうか。
それとも…

恋とは知らない者同士が惹かれあい、愛し合い、幸福な日々を送ることを目的とするものだろう。その過程にお互いの過去を知る必要性はどれだけあるのだろう。
俺が能見響の過去を知らないように、彼もまた俺が生きてきた過去を知らない。
それを無視したまま、本当の幸せを掴むことはできるのだろうか。
それとも相手がそれを望まないのならば、互いの過去など知った事ではないと、割り切るべきなのだろうか…


外回りの仕事からオフィスへ戻ると、机には沢山のメモが積み重なっている。そのひとつに目が留まった。
「河原修一様よりTELあり」とあった。
河原…思い当たるのは「バイロン」のマスターだ。何故彼から…と、頭をよぎったがすぐに連絡先へ電話をした。
会社の近くまで来ているから、都合が良ければ会えないだろうか、と、河原氏に言われ、俺はすぐに場所を指定し、彼に会いに行った。

「仕事中に申し訳ありません」
河原氏はいつもの店で見るダークスーツとは違い、ラフなシャツに紺麻のブレザーという恰好で、俺に深くお辞儀をした。
「いえ、ちょうど昼飯に外へ出るつもりでした。昼飯はまだですか?」
「はい」
「ゆっくり話ができる店を知っているので、僕が案内してもよろしいでしょうか?」
河原さんはにこやかに承諾した。
そして、よく使用するビルの見晴らしの良い静かな和食の個室へ、河原さんを案内した。

「良い所ですね。私は田舎育ちだもので、こういう高いビルは少し怖い気がするが…それでも素晴らしい景観には見惚れます。ところで神森さん…」
「聡良と呼んでください」
「いいえ、私にはあなたを呼び捨てになどできません。…それより、時間は大丈夫なんですか?お仕事の邪魔になるようだったら遠慮なくおっしゃって下さい」
「大丈夫ですよ。それに営業なので結構自由がきくんです。お気になさらないでください」
「そうですか…安心しました。長年水商売ばかりなので、歳は取っても知らないことばかりで、気がつかないまま、失礼なマネをするのじゃないかと…実は恐々なんです」
「まあ、敬語はやめてくださいよ。マスター…じゃなかった河原さんは、僕の親父と同じ年齢ぐらいにお見かけしますし、今日はマスターとお客の関係じゃないので」
「そうですね。…でも、今日はあなたにお願いがあって来たのです。だから、年配面するわけにはいきません」
「なんでしょう?」
「…響のことです」
「響さん…の?」
「神森さんは、私らとは違う…豊かな世界に生きておられる。違うと言うと語弊があるかもしれませんが、少なくとも毎日借金で追い詰められたりは…経験ないでしょう」
「…」
「店の経営なんて、いくら儲けた、いくら損した…そんな金勘定ばかりの毎日です。ジャズクラブなど格好つけて、一生懸命頑張っても、儲けはたかが知れています。あの店は…『バイロン』は多額の借金を抱えています。あの店と土地を手放せば、なんとか借金は返済可能でしょう。でも、そうなった時、響の居る場所がなくなってしまう。……『バイロン』は私と響の父親で開いた店でしてね。響の父親は私の親友で…存分に演奏できるライブ専門の店を持ちたいから協力してくれと頼まれましてね。私は能見のピアニストとしての才能を信じ、奏でる音に惚れていたので、彼のピアノがいつも聞けるのなら、こんな幸せなことはないと思って、すぐに彼の話に乗りました。…幸せだった。毎晩、能見のピアノを誰よりも近くで聞ける喜び。…能見が死んでしまった後、一旦は店を閉めようと思ったんですが、自分が父の代わりにピアノを弾くから、店を続けてくれと響に懇願され…。その頃から店の経営は順調だとは言えなかった。だから響は…」
口を噤んだ河原さんの思いは、俺にもわかった。

「店を続けることを条件に…響さんはオーナーと契約したそうですね。彼の口からそう聞きました。そしてオーナーの愛人だから、僕の想いを受けることはできないと言われました」
「神森さん…」
「俺は…自分でも驚くぐらい、響さんに惹かれている。これが、本当の愛ではないのかと…俺自身戸惑っています。彼と寝て、彼の涙のわけを知りたいと思った。でも…響さんが店の為にオーナーとの関係を望んでいるのなら…俺にはどうすることもできません。響さんが自分からすべてを話し、俺にすがってくれるのならまだしも…。彼はそんなことを望んではいないでしょう」
「響の目的が神森さんの財産なら、響もこんなに混乱はしていないでしょうね」
「混乱?」
「ええ、混乱です。本人は気がついていないけれど私から見ればね。これでも親代わりなんですよ。それなのに…ずっと見て見ぬふりをして響を…。あの子が泣くなんてね…あなたの前だからでしょうね。そう…そうですか。神森さんも響を…慕ってくださっている…」
「ええ、響さんを愛しています。彼の未来を導くため、俺は響の本当の力になりたい」
「…私はそれを知りたかったんだ。…ありがとうございます、神森さん。そしてあの子をよろしくお願いします」
河原さんは立ち上がり、再び俺に深くお辞儀をした。
俺もあわてて、席を立ち、頭を下げる。

「こちらこそ…でも、響さんの心はまだ解けていません。今、彼と一緒に弾くためのソナタを練習しているんです。音楽が彼の支えであるのなら、俺もそれを理解し、共有したいと思っています。…それが正しいのかどうかわかりませんが…」
「それは、あの子が一番求めていることかもしれません。店のことは、私の方ですべて片づけるつもりです。借金もオーナーのことも全部…。これから響は縛られた鎖から放たれるが…音楽家としては、その後が大問題だ。なにしろ芸術家ほど勝手放大なくせに繊細で、扱いにくいものはない」
河原さんは眉間に皺をよせ、渋い顔をしながらも、どこか嬉しそうな表情を見せた。俺は微笑ましくそれを見つめた。
彼は彼の愛する音楽家のすべてを理解している。

「響さんの父親もそうでしたか?」
「え?…ええ、あいつは響以上に我儘で、その上に我が強くてね、私を困らせてばかりで…だが、少しも嫌な思い出にはならないんです。本当に良い思い出だけで繋がっていられることが、今の私の心の糧になっています」
「俺も河原さんと響さんのお父さんのように、響と一生繋がって生きていけるように頑張ります」


響との約束の日時を河原さんに伝えると、その日はいつでも店に入れるように鍵を開けているから、と、言われ、俺は当日、約束の時間より二時間ほど早めに「バイロン」へ行き、前もってチェロの練習をすることにした。

「バイロン」へ入ると、河原さんが待っていた。
彼はいつも響が弾いているグランドピアノの前へ俺を案内し、まるで響の父親に俺を紹介するように話しかけるのだ。
「なあ、昭雄。この方が神森聡良さん。響の大事な人だよ。彼はきっと響を幸せにしてくれる。…私はそう信じれる気がするんだ。だからおまえも…このピアノは人手に渡ることになったけれど、怒らんでくれ。おまえの奏でた音は一生忘れないと誓うから…」
「…河原さん」
「店の売り手が決まりましてね。来月いっぱいで『バイロン』は閉店です」
「河原さんは…どうされるんですか?」
「長野の佐久の田舎が私の実家でね。母ひとりで花なんかを栽培しているんですが、こんな私でも役に立つらしいから、手伝おうと思います」
「そうですか…」
「落ち着いたら神森さんにも連絡しますよ。季節の良い時にでも響と一緒に遊びにいらっしゃい」
「…ありがとうございます」
「ピアノは弾かれるのでしょう?」
「ええ、一応は」
「では、どうか弾いてやってください。…昭雄と声楽家であった響の母親が、共に奏でるハーモニーは、夢のように美しく艶やかで、天に登るようにときめいたものです。私も妻も夢心地でそれを眺めていた。私は、決して忘れない。あの時の音楽を…」

俺は河原さんの思いを受け、ラフマニノフの「ヴォカリーズ」を弾いた。
歌詞の無い歌曲だ。
切なさとノスタルジーの気だるさと情感の漂う調べ。
河原さんは目を閉じ、祈るように手を合わせ、じっと耳を傾けている。

曲が終わると、河原さんはにっこりと笑顔を浮かべ、「素晴らしい讃美歌でした。昭雄も妻も喜んでいるでしょう。響の母親は…麻由美さんには私から連絡することにしますよ」
「…響さんの母親って…生きていられるんですか?」
「ええ、昭雄と離婚した後、イタリアで幸せに暮らしていますよ。時々私にハガキが来ます。彼女も気が強いから本音は言わないけれど、響のことは気がかりのようで…。響が幸せになることを、彼女も遠くから祈っていたことでしょう」
「そう…ですね。きっとそうですよ」
何故か見たこともない響の母親と俺の母親の顔がだぶって見えた。
いつの日か、母親同士を合わせてみたいな…なんてね。


俺は響のピアノを弾き続けた。
思いのままに、頭に描くメロディを奏で続けた。


なあ、響。
俺たちの前にはまだ何も書かれていない五線譜が四方に散らばっている。
それをひとつずつ拾い集め、ああだ、こうだ、と言いながら、ふたりが奏でるメロディをその五線譜に書き込んでいかないか?

そう、ふたりのハーモニーを。

ふたりだけのセレナーデを…



5へ/ アンコール1へ


終ろうと思ったけれど、次は「アンコール」を~



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輪舞曲4…「セレナーデ アンコール1」 - 2013.04.06 Sat

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聡良と響さんラブラブ2


セレナーデ アンコール 1

能見響(のうみなる)の父親が残したジャズクラブ「バイロン」での、神森聡良(かみもりあきら)とのピアノとチェロの演奏は、マスターである河原修一ひとりに見守られ、零れるほどの幸福な花々の音符を撒き散らせながら終わりを告げた。

河原は「響をよろしく頼みます」と、恐縮する聡良に何度も頭を下げた。
さりながら本当の父親のようだと、聡良は感動し、同時に響が育った環境は、十分幸福ではなかったのか、と、安堵した気持ちになった。
聡良は今もって響自身から、己の過去の詳しい話などは聞き及んではいなかったのだから。
どちらにせよ、これから共に歩く長い人生の道すがらに語る機会は十分すぎるほどあろう。

お互いの想いが叶ったその日から、聡良は自分のマンションへ響を招いた。
新橋の高層マンションの28階の2LDKの聡良のマンションからの夜景をふたりで眺めながら、聡良は「ここで一緒に暮らさないか」と、響に申し出、響は嬉し涙を溢れさせながら、何度も頷くのだった。
一週間後、響のアパートから必要な荷物をマンションへと運び、ふたりの新生活が始まった。

「個室はふたつしかないんだ。ひとつは防音仕様の練習室だよ。ピアノはグランドは無理だったからアップライトで辛抱してくれるとありがたい。こちらは寝室だけど…部屋が狭いからベッドはひとつしか置けないんだ。ダブルだから一緒に寝るしかないけれど…いいかな?」
「勿論です。聡良さんと一緒なら床で寝ても大丈夫ですよ。僕、そういうのは平気ですからね」
「響さん。俺たち恋人同士になったのだから、敬語は止めないか?」
「あ、そうですね。じゃあ、聡良さんも響さんじゃなく、呼び捨てでお願いします」
「君は『聡良さん』って呼ぶクセに」
「聡良さんって呼ぶのが、なんだか…とても嬉しくて。それに安心するんです」
「…」

一時期、響は聡良に対して心を閉ざしているように見えたが、一度扉を開いた後は、無邪気に惚気を連発してくる。そのどれもが天然過ぎて、聡良も面食らってしまう。
年甲斐もなく初めて恋するかのようなときめきの連発だ。
それに響が以外にも家庭的であったことにも聡良は感心した。

それまでの響自身の生活は芸術家にはそぐわないほど質素で堅実なものであり、聡良のマンションでの家事も難なくやりこなしてしまう。食事などは、それまでの適当な聡良の食生活が改善され、食費を押さえた健康志向の献立がテーブルに並べられる。
ふたりで向い合いながらの穏やかな食事など、聡良も今までに夢を見ないわけではなかったが、こうも幸せな気分になれるのかと、舞い降りてきた幸福がにわかに信じられない気持ちになる瞬間さえある。
朝、家を出る時など、「行ってらっしゃい」の笑顔とキスをくれる響をずっと見ていたくて、なかなか玄関のドアを開けれないほどだ。
「待って、聡良さん。ネクタイ曲がってるよ」などと、真剣にネクタイを治す響を目の前にして、仕事が遅れても構わないから、響をこのまま玄関で抱いてしまおうかとバカのように興奮する始末だ。

「俺は良いお嫁さんも貰って幸せ者だ」と、何気なく言った言葉を聞き、響は一瞬硬直する。
「お嫁さん」と称したことが気に障ったのかと思い「ごめん。響は男なのに…お嫁さんはおかしいよな」と、訂正すると、響は頭を横に振り「違うよ。聡良さんにそう言われることが、嬉しくて…嬉しすぎて夢みたいなんだ…」
こんな些細な言葉に瞳を潤ます響を、愛おしく思わないはずもない。

響もまた、聡良によって初めて本当に愛される喜びを知り、自分の過去や両親への複雑な想いを許していこうと、日々を大切に過ごした。


だが、聡良には気がかりがあった。
河原と響の意志により「バイロン」の売却は決まったが、本当にそれでいいものか…と、聡良は響の気持ちを慮るのだった。何よりも響の拠り所であった「バイロン」である。
響は本当に後悔していないのだろうか。
聡良は響の真意を問いただした。

「響が本当に望むなら…店を買い戻すよう、本社に頼んでみてもいいんだが…」
聡良の勤める「嶌谷不動産」は聡良の父が社長だ。しかも「嶌谷不動産」の親元の「嶌谷財閥」のCEO(最高経営責任者)は大叔父の嶌谷宗二朗である。
宗次朗とは普段から親密に関わる仕事も機会も少ないが、従兄妹である聡良の母、三千代とは、馬が合うらしくたまに食事や連絡などをしているらしい。
個人的依頼の為、父には言いだしにくいが、母になら頼めないことはない、と、聡良は考えていた。

繊細な響にできるだけ負担をかけまいと、聡良は自然に響の意志を伺った。だが、響の返事は意外にもきっぱりとしたものだった。

「聡良さん、僕の為に本当にありがとう。だけどそれは僕の望みじゃないんだ。そりゃ、最初は聡良さんに頼ってみようって企んだ頃もあったけれど…今は、親元から飛び立つ好機だって思っているんです。父にも母にも良い思い出ばかりじゃないけれど、それに甘えて今まで引きこもっていただけなんだ。河原のおじさんにも言われたよ。いつまでも立ち止まっていても、良いピアニストになれないって」
「じゃあ、お父さんのピアノだけでも…」
「気を使ってもらってうれしいよ。そうだね…今までは父のピアノだけが僕の思い通りの音を奏でてくれるものだと思い込んでいた。でもね、たくさんの色んなピアノと触れあい、それぞれの音を楽しんで、味わいながら奏でていきたい…今はそんな風に考えられるようになったんだ。…すごい進歩でしょ?全部聡良さんのおかげだよ」
まっさらな笑顔を見せる響とその言葉が、聡良にはいちいち心臓にハートの矢が突き刺さって、どうしようもない。有無も言わさず響の手を繋ぎ、ベッドへ直行するか、その場で押し倒すことも多い日々だ。


響が聡良のマンションへ移り住んでひと月後に「バイロン」は閉店した。
河原の自宅をも売却することで、すべての借金は完済した。
長野の実家へ帰る河原を、聡良と響は新幹線の駅まで見送った。
別れの手向けとして、河原は今まで大事に保管しておいた響の父親である能見昭雄の作曲した楽譜を手渡した。
「この楽譜はおじさんの…父との大事な思い出なんでしょう?僕よりもおじさんが持ち続けてくれる方が、父も嬉しいと思うよ」
「これは昭雄が私の為に書いてくれた曲だ。だから他の者には聞かせたくない想いがあった。だけど私も年を取ったんだね。昭雄の曲を皆に聞いて欲しいと思うようになったんだよ。…これは昭雄から私、私から響へ受け継ぐものだと思うんだ。貰ってはくれないかい?」
「おじさん。…ありがとう。僕はまだまだピアニストとしては未熟だけど、この道以外を歩こうと思わない。だから聡良さんの薦めで、もう一度音大で勉強しようと思うんだ」
「そうか。…ああ、良かったなあ、響。きっと昭雄も天国で喜んでいるだろう」
「大学時代にお世話になった教授にも相談したんだ。九月の大学院の試験を受けて、合格したら教授の弟子になれるかもしれない。だから今はそれを目指して特訓中だよ」
キラキラと弾んだ声で話す響を、河原は目を細めて見つめた。
こんなにあけっぴろげに感情を表す響は何時以来だったろうか。そして、響に今まで辛い日々を強いらせてしまった自身を責めるのだった。それでも、きっとこれからの響は、今までの辛さの分を取り返すことが出来るだろう。
「じゃあ、合格したらお祝いを送るよ。精魂込めて育てた花束をね」
「…おじさん、ありがとう。いつまでも元気でね」
「ああ、響も元気で幸せに暮らせよ。君はいつでも私の大事なひとり息子なのだからね。絶対に聡良さんと幸せになるんだよ」
「安心してください。響さんは僕が必ず、幸せにしますから」
別れを惜しみ抱きあうふたりを、聡良は少々感傷的になりながら見守った。

それから響は、精力的にピアノの練習を続けていた。
アップライトのピアノを聡良の実家から運んだ成り行きを、響は知らないが、夏には聡良の母が進めていた「演奏会」に参加する。

「演奏会」新宿の嶌谷ビルのシンフォニーホールで行うことが決まっていた。
ビルの地下にある音響設備の整った大ホールではなく、40階にある小ホールを借りきって行うという。
アマチュアの演奏会だと聞いていた聡良は、それを聞いて思わずのけぞった。
「どうしてそんなに大げさになるわけ?母さん」
「だって、宗ちゃんに話したら、面白いからうちでやれって聞かないんだもん。それにタダで貸してくれるんだって~。知り合いも沢山案内するつもりだから、がんばってねえ~」
「…」
聡良の母、八千代が言う、宗ちゃんとは嶌谷宗二朗のことだ。
それは良いとして、響になんと言って承諾してもらえばいいのか…それにこの母にも響の事をなんと言ってよいものだろうか。

試行錯誤の聡良をしり目に、八千代はニヤリと笑った。
「ねえ、聡良さん。あなた、いいひとができたみたいね」
「ええ?…な、なんで?」
「なんでって…チェロを始めたり、ピアノをマンションへ運んだり…。それにあなた自分で気がついてないの?今のあなたの顔、恋をする男の顔だわよ」
「…」
「昔よりずっと顔色も良いし、何より生き生きしてるもの。で、その相手の方も音楽をされるのでしょ?もちろん演奏会にも協力して頂けるわよね」
「それ、強制?」
「当たり前だわよ。あなたの恋人は私の息子になるわけでしょ?」
「はあ?」
さすがに聡良は驚いた。驚きすぎて二歩後ろに退いたほどだ。
「ちょっと待ってよ。なんで俺の相手は男だって…知ってるの?俺、母さんに話した?」
「…聞いてないけど」
「じゃあ、なんで?」
「何年あなたの親をやっていると思っているの?あのね、ずっと昔、聡良さんがチェリストになりたいって言った時から、音楽家ってあちら系が多いって知っていたし、その時からある程度は、覚悟していたのよ」
「…」
絶句である。降参するしかない。と、同時に何故だか後ろめたい気持ちが生まれ、聡良は思わず「ごめんなさい」と、頭を下げた。
その聡良に八千代は言う。
「…聡良さんは謝らなければならないことをしたの?確かに私はあなたの母親だけど、あなたを産んだ時から、あなたをひとりの人間として尊重して育てようと思ったのよ。そして私はずっとあなたを息子として誇りに思ってきたのよ。あなたが選んだ恋人なら、お母さんはきっと素晴らしい人だと、信じてるわ」
「はい、能見響という25歳のとても素敵な青年で、素晴らしいピアニストです。俺はこれからの人生を、彼と共に築いていこうと思っています」
「…そうですか。よかったわね、聡良さん。じゃあ、是非一度お会いする機会を作って頂戴ね。そうだわ、今度うちへ連れていらっしゃい。その方のピアノも聴きたいし、ゆっくりお話ししてみたいわ」
「うん、俺もそうできたらと思っていたんだ。…ありがとう、母さん」
「こちらも老後の楽しみが増えて、嬉しいわ」
陽気に手を叩きながら喜んでいる八千代に、聡良は改めて感謝した。
きっと父への説明もうまく取り成してくれるだろう。

それにしても…
恐るべきは母親の洞察力である。
聡良でさえ、気づかなかったゲイの資質を、ずっと前から予感していたとは…

「当分は母親に頭が上がんないなぁ~」
響の好きなものをあれこれと聡良に聞きだす八千代に、これまで以上に逆らえない気がして、聡良は苦笑いを浮かべるのだった。





フィナーレアンコール2へ


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輪舞曲4…「セレナーデ アンコール 2」 - 2013.04.11 Thu

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能見響ピアニスト

セレナーデ アンコール2

演奏会場の下見と演奏内容の確認の為、ふたりで出向いた際、今回のプロデューサーと化した八千代に聡良(あきら)は響(なる)を紹介した。
緊張した響のぎこちない挨拶を、八千代は微笑ましく受け止め、響を抱きしめて背中を優しく撫でた。
「聡良さんの大事な人は、私たちの家族と同じよ。これから仲よくしましょうね」と、笑う八千代に、響は感激で言葉がでなかった。

聡良の心配を他所に、なんなく響と八千代は打ち解け、聡良の知らぬ間に自身の過去のことまで、八千代に話していた。
八千代は「大丈夫。私は響さんの味方よ。聡良さんはメンドクサイところがあるから、嫌になったら、うちへ来るといいわ。うちにはグランドピアノもあるから、聡良さんのマンションよりもずっと良い環境で、心行くまでピアノを弾いていられるわよ」
「ありがとうございます。では、その時はよろしくお願いします」
「母さん、変なことを響に吹きかけないでくれよ。響は馬鹿正直なところがあるから、本気にするだろ」
「聡良さん…僕は馬鹿なの?」
「…違いますから」
「ふふ、聡良さん、やぶ蛇ねえ~」
母と嫁が結託すると、息子など入る余地がないと言われる理由が聡良はやっと理解できた。


「大切な人が増えるって…素晴らしいことだね」
ふたりでピアノとチェロの練習の合間に響は、ぽつりと呟いた。
「うん、そうだね」
「聡良さんに出会ったおかげで…愛してもらえたおかげで、僕は今まで見落としていた色々なものが、どんなに貴重で意味のあるものなのか、初めて気づくことができた。その上、家族だと言ってくれる方までいる。僕の幸せはすべて聡良さんがくれたものだ」
「響、違うよ。君は自分でそれを見つけ、幸せになろうと歩き始めた。それは響の力だ。それに、それを言うなら君が俺を愛してくれたことの幸運を、感謝する他はないよ。君の奏でる音楽を、俺は一番近くで見守ることができる。これからもずっと…俺以上の幸せ者がいるなら、目の前に出てきてほしいね。俺の方が幸せだって、論破してみせるから」
「…聡良さん、ありがとう」
愛の言葉にいちいち瞳を潤ませる響が愛おしすぎてたまらない。
衝動的に抱き合うことも日常になってしまう。それすら、愛するふたりには当然なものに感じてしまう。

こんな情熱が一生続くわけはないのだ。だからこそ、今の熱に浮かれた欲情をあますことなくお互いの身体に刻みつけたい。


雲一つない青空が広がった夏の日、「演奏会」は開かれた。
八千代の挨拶で始まりと告げた演奏会は、聡良の「バッハの無伴奏チェロ組曲の一番」からだった。プレリュードから、ジークまでを弾く。
少々緊張した聡良は、前方の端に座る響の笑顔を確認し、心を落ち着かせると、ゆっくりとアラベスクを奏で始めるのだった。
聡良の奏でた余韻を繋ぐように、八千代の選んだスーツを着こなし、ピアノの前に座った響はスカルラッティを弾き始めた。その自然な流れに、聴衆は違和感もないままに響の奏でる音に弾き込まれていく。
スクリャービンの扇情的なエチュード「悲愴」の後、ピアノソナタ三番に移る。
ロマン後期の甘さと、激しさは若々しい音階とリズムに走り、それは響自身の内に秘めた情熱にも似て、聞くものすべてが打ち震えるような感動を覚えた。
そして、ドビッシーの「ベルガマスク組曲」の四曲を終えると、ホール内はオールスタンディングと割れんばかりの拍手が沸き起こった。
椅子から立ち上がった響は、放心した面持ちで何度も頭を下げ、温かい歓声に応えるのだった。

休憩は隣の別室に移り、スタンディング・ビュッフェで軽食を取る。
聡良は負担のかかることを響にはさせたくなかったが、今日の主役が響であるかぎり、知らぬふりを決め込むわけにもいかず、馴染のある招待客には次々と響を紹介した。
勿論、将来有望なピアニストだと知ってもらうことは、これからの響のためにもなるだろう。
八千代もサロンの雰囲気に圧倒されている響をリラックスさせるべく、あれこれと気を使っている。

「響さん、とっても良かったわ~。打ち震えるようなパッションも、静寂な月の光のきらめきも、心を満たしてくれる調べだったわ。二部も楽しみね」
「ありがとうございます。ショパンやベートーヴェンみたいなメジャーな曲目じゃないので、皆さんに喜ばれるかどうか心配だったんですけど…。聡良さんと相談しながら決めたので、失敗しないように頑張りました」
「すごく落ち着いてて、良かったよ、響」
「うん、聡良さんの姿が見えていたから、すごく安心して弾けた気がする」
「まあ、ふたりとも母親の前で見事に惚気てくれるのね~」
「「すみません」」
聡良と響は、目の前の八千代にあわてて頭を下げた。

「じゃあ、響さんに聡良さんより頼りになるパトロンを紹介するわね」
八千代は、近づいてくるふたりの男たちに気づき、手で招きいれた。
「よう、聡良、久しぶりだな。元気だったか?」
「嶌谷財閥」の総頭取である嶌谷宗次朗が、大仰な態度で聡良の頭をぐりぐりと撫でる。もうひとりの嶌谷誠一郎は、宗次朗に控えるように温和な顔であいさつ代わりの手を上げた。
「宗次朗伯父様、ご無沙汰しております。誠一郎さんも…ありがとうございます」
「久しぶりだね、聡良君。元気そうでなによりだ」
「響さん、紹介するわね。こちらは私の頼りになる従兄弟殿よ。嶌谷誠一郎さんと嶌谷宗次朗さん」
「は、初めまして。能見響と申します…」
「聡良から聞いていたとおりの、期待通りの演奏でとても楽しませて頂いたよ、能見響くん」
「あ、ありがとうございます」
「聡良、バイトの話、承諾したよ。響くんの腕なら、うちの客も満足してくれるだろう」
「え?」

宗次朗の従兄である嶌谷誠一郎は新橋にジャズクラブ「サティロス」を経営している。仲間内では評判の良いライブハウスだった。
聡良は響には内緒で、誠一郎に響をバイトで雇ってくれるように頼んでおいたのだ。
それというのも、響は生活すべてを聡良に頼ってしまうことを申し訳なく感じ、せめて大学院の授業料ぐらいは自分で働いて払いたいと、聡良に話していたのだ。
できるならピアノを弾く仕事がいいということだったし、「サティロス」なら、聡良も安心して響を送り出せると考えたのだ。

「誠一郎伯父さんのジャズクラブは、響にとっても決して悪い環境じゃないと思うんだ。音響も充実しているし、客は…変な客がいたら伯父さんにあしらってもらえばいいし…ね、響。バイト先は『サティロス』に決めないかい?」
「『サティロス』ってジャズ演奏家内でも有名なジャズクラブだよ。有名なプロの演奏家に混じって、こんな僕が演奏しても大丈夫なの?」
「君の腕は私が保証するよ。近頃は月に二度ほどクラシックの夕べと称して、クラオタを集めてライブを開いたりもするんだ。響くんが参加してくれたら客も喜ぶと思う。どうだろう?うちで働いてみないかい?もちろん学生の本分が第一だ。君の都合に合わせてシフトを決めることにしよう」
「言っておくが、『サティロス』のオーナーは、この俺だ。何かあったら誠一郎より先に、俺に言ってもらおうか」
「なあに言ってるの?宗ちゃんは、仕事でほとんど日本にいないじゃない。それに『嶌谷財閥』のCEOが、あれこれ言う話じゃないわよ。ねえ、誠ちゃん」
「八千代には敵わないな。能見響、俺らおっさんたちより聡良の母親を味方に付けた方がいいぞ。聡良なんかよりもず~っと役に立つことは請け合おう」
「は、はい」
「それで、バイトの方はどうする?」
「はい、よろしくお願いします。良い演奏を聞かせられるように、頑張ります。本当に…ありがとうございます…」
響はこんなにも自分が幸せでいいのだろうかと、何度もお礼を言いながら、段々と不安になった。それを打ち払うように、パンパンと軽く背中を叩く聡良の掌のぬくもりに、深く感動した。いかに得難いものを与えられたのだと、言い聞かせ、自分もまた聡良を支えていく力を育てていこうと強く誓うのだった。

演奏会の二部は、八千代の知り合いのアマチュアの音楽家たちの四重奏から始まった。
柔らかなヴィヴァルディが流れる舞台の裏で、聡良と響は自分たちの出番を待った。
「なあ、響。今日の君の独奏に敢えてシューベルトを入れなかったのはどうしてなの?」
「え?だって…今日は聡良さんと一緒にシューベルトを奏でたかったんだもの。アルペジョーネ・ソナタは、僕にとって、聡良さんへの想いを募らせてくれた曲なんだ。これを練習している時、僕はあなたのことだけ考え、無上の幸せを感じられる。…僕の大事な宝物だよ」
「響…君は…」
「え?」
「こんなところでそんなことを言われたら…俺は我慢できなくなるだろ?…ったく、今から本番なのに、欲情して仕方がないじゃないか」
「ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃなかった」
聡良は響の頭を両手で掴み、お互いの額をコツンと合わせた。

「きっとアンコールを求められるよ。どうする?響」
「その時は、勿論。ふたりでシューベルトのセレナーデを奏でましょう。僕達の愛の調べです」
「…響は邪だね。俺がどこまで耐えられるか試したいの?」
「え?…意味がわかりません」
相変わらずの天然の響に、聡良は耳元に囁く。

「いいかい、響。アンコールは一回だけだ。そして、手っ取り早くこの会場から抜け出して、家に直行な。誰が引き留めても、俺たちの邪魔はさせない。今晩は響にずっとセレナーデを唄うよ。君が降参するまで。いいね」
今度は聡良が何を言わんか理解した響は、顔を赤らめ頷いた。

聡良と響の演奏を待ちわびている客たちの拍手が沸き起こる。

羽のような口づけを交わし、聡良と響は肩を並べ、会場へ進んでいく。
光ふりそそぐ明日へ向かって、共にふたりで歩いていく。
それが、聡良と響の望み。



恋愛ドラマなんて、偶然と運命で成り立つ都合のいいハッピーエンドばかりで、すべてにおいて、その時そんな場所に、何故おまえが…?と、何度テレビ画面に突っ込みをいれたことか。
そうなんだ。美しい恋物語に憧れ、夢を見ていたわけじゃなかった。
だが、目の前に繰り広げられた恋物語は、どんなドラマよりも劇的に美しく、ふたりの運命を彩っていくんだ。

これからもずっと…




聡良と響さんラブラブ1


アンコール1へ

「セレナーデ」はこれで終わりです。
また次の「掌の物語」でお会いしましょうね。



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